NEW YEAR MEETING
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行き
今年は去年と打って変わって、景気悪化で仕事が全くない!
今年は翌日にも有給を取ってニューイヤーミーティングへGO!
原付で駅に行く途中、中古車販売店の車が軒並み凍結して寒い!
こりゃ去年のように寒いのかな?
7時17分の新幹線ひかりに飛び乗りお台場へ!

今回初めて700系のカモノハシ新幹線に乗りましたよ!
静岡手前で寒いゆえの空気の澄みで富士山がくっきり!
赤いのは私の着ていったコートが横にかかっていたための反射!

ゆりかもめに乗り換えて船の科学館手前で、ニューイヤーミーティングに車で来た人たちの駐車場待ちの大渋滞!
会場の方もクルマが既に集まってますね!

駅のホームから船の科学館側の駐車場を見ると一区画だけでも濃い車が終結してます!
入り口までの列で見えたのが、初代GT−R(ハコスカ)と最新GT-R(V35)のそろい踏み!

そしておはみか時代御世話になったACマインズさんの積車ですが、載っているのが日本限定15台だったエリーゼ99T
(ロータスF1・99Tのセナにちなんだ限定車)
何故にここに持ってきてるのか?ナンバー無かったし・・・

それより何より、お台場に降り立って思ったこと・・・
全然寒くねえ!!!
手袋すら要らないくらい・・・

朝の浜松に冷え込みはナンだったのかと・・・


コンクールデレガンス
今年は日野といすゞの今は乗用車を生産していなトラックメーカーがコンクール対象車ということでした
まず特設ブースにはちなんだ2台が!

いすゞR6クーペ!モータースポーツには生産車で参加していたいすゞが
べレットのエンジンと生産車のパーツを使う条件で、プロトタイプボディーの開発が行われて
作られたのがこのR6クーペ。開発コンセプトはクローズボディーの空力特製と
ミッドシップ特製・操縦安定性の研究だったそうです。
'69年に日本グランプリに2台参加、'70年には軽量による運動性の懸賞のためにスパイダーが作られたそうです。

日野コンテッサ1300クーペLは’60年代の技術のPR&実験場としてレースに参加していて
日野もそれに乗って生産車ベースに参加。
日野はアメリカにも活躍の場を求めて、その為にレース用モデルとして
軽量化(鉄板を薄く、ウインドーのアクリル化・内装を簡略化etc)をしたのがこの「L」だそうです。


日野

日野ルノー4CV!
自動車生産の黎明期に海外のメーカーのノックダウンを行うことで
生産技術を吸収して行き、部品を順次国内製に切り替えて1958年に完全に国産化しました!
このクルマはパンフによると1959年生なので純国産の4CVです。

エンジンは当時は一般的なRR配置。ビートルにもリアライン似てますね!
エンジンに使用ギアのオイル指定プレートが。
ナンバーも当時のもので

1
あ0004
な感じで県の頭文字もないし・4桁数字も頭が0だったり当時のナンバーそのものと言うことのようです!
(今なら頭が0なら「・・・4」とかですが。後、表示したナンバーは架空のものです)

そのライセンス生産で得たRR技術を利用して作られた最初で最後の独自モデルがコンテッサ。
セダンとクーペが存在して今回参加していたのは全て1300CCモデルでした。
デザインはミケロッティーえ名前の由来は「伯爵夫人」

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