太宰府の鬼門の霊山、そして今は九州一番の人気の山 宝 満 山(829m)
2008年5月17日(土) 門久単独
|
|
|
|
|
|
〈南側から見る宝満山々頂は岩峰だ〉 |
|
福岡での所用を終えた週末に太宰府天満宮に近い宝満山(ほうまんざん)に登ってきました。
太宰府の北東方向、即ち鬼門にあるこの山は古代から霊山として整備されてきたようです。
この山に登ったことにある知人が言うには「九州で一番人気のある山」とのこと。
年間の登山者数が約10万人で、これは九州の山では最も多い登山者数ということのようです。
今回山と渓谷社の「九州百名山」の記事に従って南側の本導寺から猫谷川新道で登り、
下山は正面登山道である竈門(かまど)神社へのルートを採りました。
登りは岩石が累々とする道で途中で出会った登山者は2名だけの静かなルートでしたが、
頂上広場や下り登山道はさすが人気の山とあって
老若男女を問わず間断なく次から次へと数多の人達が登っては下っていました。
地域の人達から愛され続けている霊山への登攀レポートです。
「宝満山」って何処にあるの? ← ここをクリックしてください
《山行記録》
|
本導寺バス停9:19・・・・・9:47登山口(猫谷川新道)9:52・・・・10:03扇の滝10:04・・・・10:12夫婦滝・・・・10:15花乱の滝(三合目)10:16・・・・10:19養老の滝・・・・10:29黎明の滝・・・・10:37爆音の滝・・・・10:44庭石荘(五合目)10:45・・・・11:19釣舟岩・・・・11:30剣の岩・・・・11:49キャンプ場・・・・11:55稜線ブナ林の鞍部(昼食)12:08・・・・12:14宝満山(829m)
12:36・・・・12:56中宮跡12:58・・・・13:26徳弘の井(水場)・三合目(休堂跡)13:33・・・・13:44一の鳥居(二合目)・・・・13:48林道内山線終点・・・・13:59ののみや池(林道へ)・・・・14:12鳥居(一合目)(宝満茶屋山公)・・・・14:19竈門神社(¥10)14:22・・・・14:27内山バス停(竈門神社前) 〔総所要時間:5時間08分、昼食・休憩等:0時間55分、正味所要時間:4時間13分〕 |
9:19 本導寺バス停
JR九州鹿児島本線の二日市駅前発午前8時53分の柚須原行きの西鉄バスに乗り、約25分の本導寺バス停で下車した。この便は平日と土曜日のみの運転で、午前中はこの便だけしかないので注意を要する。
バス停から県道を離れて北の本導寺の集落に向かった。その背後にはこれから登る宝満山を始めとする三郡山塊が屏風のように立ちはだかっている。道は集落を抜けると杉桧の繁る林道となり、その林道を西方に大きくカーブして進んで行くと猫谷川新道の登山口に出合った。
|
|
|
|
|
|
|
〈バスの窓から見上げた宝満山〉 |
〈朝一便だけのバスから本導寺バス停で降りる〉 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
〈本導寺の集落を抜けて登山口に向かう〉 |
|
||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
〈集落を抜けると林道が続く〉 |
|
9:47〜9:52 猫谷川新道登山口
登山口で携帯メ―ルへの対応で長居した。そこを出ると数分で猫谷川の渡渉地点に出合った。その先はこの沢を遡って行くことになる。扇の滝、夫婦滝などと言ったごく小規模な滝が続くが、見るべきものは「花乱の滝」くらいであった。沢の中や沢沿いの岩場を時にロープや鎖、梯子に助けられながらひたすら登って行く。
|
|
|
|
|
|
|
〈猫谷新道の登山口〉 |
〈猫谷川沿いの急坂を登って行く〉 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
|
|||
|
〈登るほどに険しくなる渓流沿いの道〉 |
|
|||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
〈三合目の花乱の滝〉 |
|
|
10:44〜10:45 庭石荘
庭石荘は岩場続きの急坂の途中に開けたちょっと休憩したくなるような小空間だった。そこを過ぎて沢沿いの巨木を見ながら数分急坂を登って行くと分岐があり、左に行くと大谷尾根伝いに頂上を目指すようであるが、「九州百名山」に従ってここは右に採った。岩石の上を辿る道が長々と続いた。大きな岩を回り込んで行くと、大岩が積み重なった釣舟岩に行き着いた。ガイドブックではここを這って抜けるとあるが、右に巻いて上に出た。上に出ると堤谷新道が右から上がってきていたので、ここは左に採って頂上をめざした。尾根直下の樹林を大きく左に巻いて行くとキャンプ場に出た。立派な管理棟があり、涼しそうなその軒下で沢山の登山者が休んでいた。そこから頂上は目の鼻の先であった。
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|
||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
〈庭石荘は険路の中程にある小空間という感じの所だ〉 |
〈険しい路傍を大樹が見守る〉 |
|
|
|
|
|
|
|
〈岩を踏んでの長い険路に飽きかけた頃、ヤブ椿の落花にほっとする〉 |
|
|
|
|
|
|
|
|
〈苔生した巨岩の下を行く〉 |
〈巨岩が積み重なった釣舟岩〉 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
|
|||
|
〈急坂を登りきってキャンプ場に到着する〉 |
|
|||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
〈急峻な猫谷川上部からの南方の眺望〉 |
|
|
11:55〜12:08 稜線(ブナ林の鞍部)(昼食)
キャンプ場からひと登りで頂上直下の鞍部に出た。目の前に頂上からの岩壁が迫ってきていた。ここには素晴らしいブナの樹林があって新緑で華やいでいた。頂上には日陰がなさそうなので、このブナ林の日蔭で昼食を摂ることにした。
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
〈尾根上に上がるとブナの繁る鞍部だ〉 |
〈ブナの直ぐ上が宝満山の頂上だ〉 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
〈頂上から垂直に落ちる岸壁〉 |
〈鎖を頼って頂上へ登る〉 |
|
12:14〜12:36 宝満山(829メートル)
鎖を伝って上り下りの登山者で混雑する最後の岩の壁を登って宝満山の山頂に立った。意外に広い露岩の山頂広場で、中央部に方位盤があり、その東側の岩の突起が最高点であるようだ。西側の端には竈門神社の上宮が祀られている。祠の裏手は本導寺の登山口近くから見えた山頂南側の険しい岩壁だ。
福岡市街地方面、筑紫平野方面は何処も霞がかかって眺望が優れなかったのは、晴れた日であっただけに残念であった。この山頂広場には2〜30名の登山者の姿が見られた。お話をお聞きした地元の方の話では、この山を知らずして九州の山を語れない、またここには常連の方も多くほとんどは朝早く登られるとのことだった。
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|
||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
〈頂上にある方位盤と竈門神社の上宮〉 |
〈最高点はこの岩の上のようだ〉 |
|
|
|
|
|
|
|
|
〈霞む北方の福岡市内方面の眺望〉 |
〈三郡山地の山並〉 |
|
|
|
|
|
|
|
|
〈西方の大宰府市、 |
〈頂上直下の岩壁越しに本導寺登山口方面を俯瞰する〉 |
|
12:56〜12:58 中宮跡
20分余の頂上滞在のあと上宮の前の急な石段を辿って下山にかかった。馬蹄岩、袖すり岩等を通り、よく踏み磨かれた石段の道を下って行った。昼過ぎであるが、まだまだ沢山の人達が登ってくる。子供連れのファミリー登山も多い。さすが正面ルートで静かだった登りの猫谷川新道とは様違いである。頂上から20分で修験道の拠点のあった中宮跡に下った。
中宮から下は斜度も増し険しい石段道が多くなった。約5分で閼伽(あか)の井に出合った。その直下は「百段がんぎ」と呼ばれる急ながらも見事な石段道だった。五合目の「殺生禁断」碑、さらに四合目と急な道を快調に下って行った。
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|
||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
〈「袖すり岩」を抜ける〉 |
〈樹林の中の石段の参道を下る〉 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
〈修験の拠点であった中宮の跡〉 |
|||
|
|
||||
|
|
〈中宮跡の巨石碑〉 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
〈植林された石楠花が咲く〉 |
〈「百段がんぎ」と呼ばれる石段〉 |
|
13:26〜13:33 徳弘の井(水場)
3合目の休堂跡の隣に徳弘の井という水場があって、パイプから清水が滴り落ちていた。ここで小休止を取って清水で喉を潤すとともに携帯電話のメール対応をした。大分下山してきて石段道も徐々に斜度を緩めてくる。二合目の一の鳥居の先で内山林道の終点に出た。下山口の竈門神社までもう1.4キロメートルほどだ。切り通しのように深くえぐれた溝のような道を下って行くと、ののみや池という溜め池の先で林道に出た。暫く林道を辿り、途中で九州自然歩道の標識に従って登山道に戻ると、直ぐに一合目登山口の鳥居に出た。
|
|
|
|
|
|
|
〈徳弘の井・水場〉 |
〈椎の老木の下を行く〉 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
〈切り通しのような溝の中を下る〉 |
|
|||
|
|
|
|||
|
〈一の鳥居(二合目)〉 |
|
|
|
|
|
|
|
〈暫し内山林道を通る〉 |
〈一合目〜登山道はここまで〉 |
|
14:19〜14:22 竈門神社
一合目の鳥居前から下って行く車道の左手の高台に竈門神社が鎮座していた。広大な宝満山の山域はこの神社の神域だという。立派な本殿が新緑のクスノキの大木に守られるようにして建っていた。今では縁結びに霊験あらたかということで、登山者のほかにも多くの参拝者の姿が見られた。参拝後に、参道を辿って門前に出た。そこから
|
|
|
|
|
|
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
|
|||
|
|
|
|||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
〈竈門神社の本殿〉 |
〈表参道の大クスノキ〉 |
|
|
|
|
|
|
|
|
〈竈門神社の鳥居〉 |
〈竈門神社の背後に宝満山を望む〉 |
|
〔山行所感〕
山岳雑誌「岳人」の2008年4月号の霊峰巡礼で宝満山が採り上げられていた。立松和平氏が歴史的、地誌的なこの山の持つ情緒を見事に表現されていた。下山に使った正面登山道は、まさにこの「岳人」の記事通りの世界であった。現代ではこのルートを九州で一番多くの登山者が登るというのが楽しい。
ただ登りに使った南側ルートは打って変わって登山者の少ない静かな登山路であった。歴史ある人気の山で多くの登山道が拓かれているようなので、いろいろと組み合わせると楽しい山行ルートとなるような気がする。
お上りさん気分の今回の山行では、下山後の帰路に太宰府天満宮に立ち寄った。熱々の梅ケ枝餅を食べながらいつも賑やかな参道を歩くのはやはり楽しかった。
|
|
|
|
|
|
|
〈太宰府天満宮参道〉 |
〈太宰府天満宮本殿〉 |
|
|
|||
|
|