亀井谷から登る 台所原・中川山(1,170.2m)・天杉山(1,174.6m)

島根県益田市匹見町・広島県山県郡安芸大田町

2008年12月20日(土)    チャコ&門久

 

 

 

 

 

 

〈亀井谷の最奥部、「33曲り入口」〉

 

 

 

前の週に早々に積もった雪も、その後の暖かい天気で融けてしまったようだ。

まだ熊が冬眠入りするには暖か過ぎると思うが、蝮や蛇は穴の中に隠れてしまっただろう。

一昨年に弟見山で見た藪の中に浮かぶ(潜む)蝮がトラウマとなって夏場の藪漕ぎを敬遠してきたが、

この時期なら大丈夫だろうと長い間温めてきた藪漕ぎルートにチャレンジすることにした。

幾つかある候補の中から、この日選んだのは亀井谷から33曲りを台所原に登るルート。

早かった雪も融けて先人達の踏み跡も明瞭である筈だし、熊鈴と熊スプレーの熊対策で冬眠前の熊は凌げると考えた。

かくして、歳末の朝の冷え込みの中を匹見へと向かった。

 

《山行記録》

亀井谷駐車場8:52・・・・8:53車止め・・・・8:56亀井谷橋・・・・9:12亀井谷奥橋9:22・・・・9:37(着替)9:40・・・・9:48「広見入口」9:50・・・・10:12(着替)10:16・・・・10:38 33曲り入口)0:40・・・・11:32(10,312歩)台所原(昼食)12:07・・・・12:19(着替)12:22・・・・12:49中川山(1,170.2m)12:50・・・・12:55岩倉山方面分岐・・・・13:31天杉山(1,173.6m)13:37・・・・14:14岩倉山方面分岐・・・・14:54三の滝林道出合・・・・15:25三の滝林道起点・・・・15:44亀井谷林道視線分岐・・・・15:55亀井谷奥橋・・・・16:09亀井谷橋・・・・16:14車止め・・・・16:15亀井谷駐車場

〔総所要時間:7時間23分、昼食・休憩等:1時間06分、正味所要時間:6時間17分〕

 

 

 8:52 亀井谷駐車場

  中国道を戸河内インターチェンジで降りて、国道191号線を島根県益田市方面に走る。県境を越えてから、道の駅「匹見峡」のある出合原の交差点で国道を離れて左手の匹見方面への県道307号線に入る。出合原から3q行ったところにある茅葺の屋根をトタンで覆った民家の直ぐ先で左手の農道に入る。農道は直ぐに倉渡瀬橋で匹見川を渡る。橋の先の三叉路を左に採って進んで行くと、直ぐに舗装が切れる。そのままダートの道を谷の奥へ行く。これが亀井谷林道である。国道の入口から1.7q谷の奥へ入ると右手に5〜6台は停められる駐車場がある。駐車場の直ぐ先に車止めの鎖があるので直ぐ分かる。鎖を外せばまだ先まで進めるが、その先の路面の状況や駐車場所を考えると、その駐車場に車を停めてあとは歩くのが無難である。

 

  昼間は11月の天候のような暖かい日になるとの予報であったが、朝のまだ陽の射さない深い谷間の底は冷え込んで、確実に氷点下であった。草叢は白い霜で覆われ、灌木の枝には霧氷が付いていた。そんな冷たい空気の中を、亀井谷川に沿った林道を道なりに谷の奥へと歩いて行った。 ここは昨年3月に岩倉山へ登った時に通った道である。 駐車場から約20分で亀井谷奥橋に着いた。

 

 

 

 

〈霜の降りた朝の亀井谷の駐車場辺り〉

〈樹々の枝にはまだ霧氷が付着していた〉

 

 

 

 

 

〈先ずは亀井谷林道を遡ってゆく〉

〈この亀井谷奥橋を渡り、右手の藪の中を遡って行く〉

 

 

 9:12〜9:22 亀井谷奥橋

  亀井谷林道はまだ先へと延びているが、亀井谷奥橋を渡ったところから右手の藪の中に渓流の右岸を行く踏み跡が延びているのでそこに入って行く。忽ち露の付いた笹が被さっているので、雨具のズボンを穿いた。笹を掻き分けて入って行くと、直ぐに渓流に下り右岸から左岸に渡渉した。冬の渇水期であるので、そんなに難しい渡渉ではなかった。雨の後などは大変かも知れない。渓流の中や両岸の斜面に明瞭な踏み跡が続いており、色テープもしっかり残っているので、迷うことはなさそうであった。小刻みに渡渉を繰り返しながら奥へ奥へと入って行った。

 

 

 

 

〈亀井谷奥橋のすぐ上手の渡渉地点から橋を見返す〉

〈渓畔にすっきりと伸びたブナの姿を見る〉

 

 

 

 

 

〈渓谷の水はあくまでも澄んでいる〉

〈渓流に沿った踏み跡を行く〉

 

 

 9:48〜9:50 広見入口

  渓相などを観察しながらゆっくりと渓谷を遡って行った。25分でブナの幹に「広見入口」と刻まれた谷間の三叉路に着いた。ここで谷が二つに分かれ、右に採ればジョシのキビレを越えて広見谷へ出ることが出来るらしい。左手に行くのが本流のようで、我々はこの渓流に沿って更に奥へと行った。行くほどに渓流はより険しく、また川幅は狭くなって行くが、踏み跡は相変わらず明瞭で迷うことはなさそうであった。幾度も渡渉を重ねた。渡渉地点も渓流の両側にテープがあるのでよく観察さえすれば間違えることはなさそうであった。

 

 

 

 

〈本流から右に広見谷方面への踏み跡が分岐する〉

〈これだけテープがあると迷うこともあるまい・・・!〉

 

 

 

 

 

〈渓谷を奥へ奥へと遡る〉

〈こんな小滝の下手を渡渉する〉

 

 

 

 

 

〈険しい谷筋だがしっかりした踏み跡続いている〉

〈ブナやミズナラの林の上に青空が!大分遡って来た感じだ〉

 

 

 

 

 

〈狭くなったものの美しい渓流に出合う〉

〈渓流を離れた高みを歩く!〉

 

 

10:38〜10:40 33曲り入口

  亀井谷奥橋から1時間15分渓流を遡り、第10番目の渡渉をしたところがこの登山道の最奥部で、33曲りの入口であった。踏み跡はここから暫し渓流を高巻いて右岸に懸かる枝沢を越えたところから方向を転換して、標高差100メートルを超える笹の繁った崖のような急坂をジグザグに登って行くこととなった。笹の根元には薄いながらも踏み跡が確認出来、それが上へ上へと延びていた。小刻みなジグザグ模様から「33曲り」と呼ばれるのであろう。被さる笹を掴んでいないと、滑り落ちそうなくらいの急斜面である。この急坂を登り切ると、今度は頭上の稜線の下を右に巻くように右手遥かな高みの鞍部へと踏み跡は延びていた。踏み跡を覆う笹はいよいよ深くなっていき、足元は不安定で笹の幹を踏むと滑って危うく斜面を滑り落ちそうであった。一度枯葉で覆われた丸木を踏んだ勢いで滑ってしまい、痛いほどに地面に肩を打ち付けてしまった。暫く打ち身の鈍痛が続きそうだ。この巻き道を辛抱強く進んで行くと前方が開けて来て、道を覆っていた深い笹も切り開かれていた。そこまで登ると、台所原は直ぐであった。

 

 

 

 

〈10番目最後の渡渉点、渡ったところが33曲り入口だ〉

33曲り入口から辿って来た谷筋を見返す〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈33曲りは笹の中を行く踏み跡の急坂である〉

 

〈33曲りの急坂に沿った険しい枝沢〉

 

 

 

 

 

〈笹を掻き分けながら急坂をひたすら登る〉

〈振り返れば遡ってきた亀井谷と広見山へと続く尾根が望める〉

 

 

 

 

 

〈33曲りの上には見事なブナ林が拡がる〉

〈前方の視界が開けてくると台所原は近い〉

 

 

11:32〜12:07 台所原

  台所原まで来ると旧知の所である。全ての葉を落としたブナ、ミズナラ、トチなどの森は訪れる登山者もないようで静まり返っていた。台所原の銀座4丁目にあるミズナラの古木近くの陽だまりで昼御飯にすることにした。朝の寒さは何処へやら、きれいに晴れたこの日は、まだ「小春日和」と呼んでもいいのであろうか、温和な冬の一日に変容していた。昼食後は、これも旧知の天杉山へと続く島根・広島の県境尾根へと脚を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈台所原の交差点のミズナラの古木〉

 

〈美しい台所原のブナ林〉

 

 

 

 

 

〈冬枯れの台所原の奥深い森〉

〈県境尾根への上り道から恐羅漢山を見上げる〉

 

 

 

 

 

〈中川山へと続く県境尾根上のよく整備された登山道〉

〈尾根筋の北面の斜面には一週間前の雪が残っていた〉

 

 

12:49〜12:50 中川山(1,170.2m)

  県境尾根上の登山道の端に四等三角点が立つだけの散文的な中川山のピークを過ぎると、尾根筋はそんなに大きなアップダウンもなく、この山域の最高点である天杉山の頂上に向けてよく整備された登山道が続いている。中川山から5分ほどで下山時に使う岩倉山方面への支尾根を行く道が左に分かれていた。天杉山へは真っ直ぐに県境尾根を行くが、尾根筋の高い樹の上に秋の稔りの時期に熊が残した熊棚が沢山あるのに気付いた。この辺りは熊の巣と言ってもよいくらいのところである。彼らが冬眠するのはまだ先であろうと思うと、やや緊張感が増してくる感じであった。

 

 

 

 

〈登山道脇にある中川山の四等三角点〉

〈尾根筋の樹上には熊棚が!〉

 

 

 

 

 

〈県境尾根上の岩倉山方面への分岐〉

〈県境尾根上の指導標〉

 

 

 

 

 

〈北面の尾根筋には雪がかなり残る〉

〈ブナの樹々の尾根の先に天杉山のピークが望める〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈県境尾根の東方には砥石郷山が望める〉

 

〈見事なブナの古木に出合う〉

 

 

13:31〜13:37 天杉山(1,173.6m)

  天杉山の山頂にはまだ一週間前に積もった雪が残っており、そこには沢山の足跡が残っていた。人影はなかったが、我々とは反対の北の方の奥三段峡方面から来た登山者の足跡のようであった。歳末のこの時期、この山域に入ってくるのは余程の物好きだけのようで、この日は誰とも出会うことはなかった。東方の樹間に深入山が望めるだけの山頂には長居は無用と早々に来た道を引き返えして下山の途に就くこととした。

 

 

 

 

〈天杉山の山頂、足跡は奥匹見方面からの登山者のもの〉

〈天杉山の三等三角点〉

 

 

 

 

 

〈天杉山からは唯一東方に深入山が望める〉

〈辿って来た県境尾根を引き返す〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈西側の樹間に岩倉山が望めた〉

 

〈夥しい熊棚が見られる〉

 

 

14:14 岩倉山方面分岐

  中川山に近い岩倉山方面への分岐まで引き返した。ここから鳥越峠の岩倉山登山口に近い三の滝林道との出合まで支尾根上に登山道が通じている。今回初めて通った道であったが、それまでの県境尾根上の道と同様に、見事に整備された幅広い登山道であった。そんなに多くの登山者が来る山域でないのに、いつも見事に登山道を整備されておられる方々には頭が下がる思いだ。

 

 

 

 

〈県境尾根を外れて岩倉山方面への支尾根上の道を採る〉

〈樹々の向こうに広見山の大きなシルエットが望めた〉

 

 

 

 

 

〈美しい尾根筋の道を下って行く〉

〈鳥越峠の上辺りのブナの森も美しい〉

 

 

14:54 三の滝林道出合(鳥越峠)

  支尾根を辿る道は最後に滑り落ちそうな急坂となり、それを下り切ると三の滝林道に飛び出た。ここを右に行けば岩倉山の登山口の鳥越峠は直ぐだ。昨年3月にここには来ているので、ここから左に林道を通って下山を急ぐことにした。三の滝林道から亀井谷林道へと二つの林道を通しで歩いて、朝方渓流へ入った亀井谷奥橋詰まで約1時間の単調な道筋であった。

 

 

 

 

〈支尾根を下って林道に出合う〉

〈長く単調な林道歩きが始まる〉

 

 

 

 

 

〈林道から岩倉山を見上げる〉

〈三の滝林道と亀井谷林道の接点にある銘板〉

 

 

 

 

 

〈落ち葉で覆われた林道〉

〈亀井谷の先に聳える春日山(989.2m)〉

 

 

15:55 亀井谷奥橋

  亀井谷奥橋まで帰って来ると午後4時近くになっていた。7時間余りをかけて、この山域の多様な自然の中を周回してきたことになるが、つくづくとこの西中国山地の豊かな自然を身をもって体験してきたことを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈亀井谷奥橋まで帰ってきた!〉

 

〈ジョシ谷の先の1155m峰を見上げる〉

 

 

16:15 亀井谷駐車場

  午後3時を過ぎると太陽は西の山の端に隠れてこの亀井谷の底には陽光は届かなくなる。朝と同様に、陽の当たらない谷は冷え込み始めたようだ。長い一日の業を為し終えて、駐車場に唯一停まっていたわが愛車で帰路に就くことにした。

 

 

 

 

〈こちらは亀井谷橋、駐車場はもう直ぐだ!〉

〈亀井谷林道の車両止め、駐車場はこの直ぐ先である〉

 

 

 

〔山行所感〕

  長い間懸案としたままであった亀井谷から台所原へのアプローチを実現させることが出来た。足元さえ気を付ければそんなに難しいルートではなかった。雨上がりの増水時期は敬遠せねばなるまいが、あとは藪を少々掻きわけて急坂を登ること厭わなければいいだけだ。なかなかに興味深い所で、また幾度か訪ねることとなるような気がする。 「西中国山地」(桑原良敏著)に記録されているように、明治時代の地図では恐羅漢山は「大亀谷山」(亀井谷の奥の大きな山の意)と記されていたという。その時代の精神を思いながら、季節の良い時にこのルートを通って恐羅漢山を目指してみるもの楽しいかもしれない。それは、ブナやミズナラなどの素晴らしい樹林の中を行く野趣豊かな山行となるであろう。

  それに県境尾根と鳥越峠を結ぶ支尾根ルートもよく整備された道であった。通る人とて少ないルートであろうが、整備をして下さる人々にはご苦労なことであると思う。それだけに、近辺のいろいろな山域を組み合わせてこのル―トの利用法もまた考えてみたいものだ。どうしても距離や時間が長くなるであろうから、日の長い季節を中心とした利用となるのであろう。

  この日は、西中国山地の山域の奥深さの一端に触れながら楽しんだ一日であった。

 

 

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