牛小屋谷から横川へ ヨビヤ峠・中山(970.3m)

広島県山県郡安芸太田町

2009年11月23日(月) 勤労感謝の日         チャコ&門久

 

 

 

 

 

 

〈ヨビヤ峠〉

 

 

 

今年の勤労感謝の日はこの上もない好天の一日となった。

もう蛇やマムシの心配のない時候となったので、西中国山地のやや藪っぽい山域に行ってみることにした。

(熊はまだ心配なのだが・・・!)

幾つか温めているルートがあるが、この日は午後にちょっと寄ってみたい所があったので、

あまりストレスもなく、短時間で行ける所ということでヨビヤ峠を越えてみることにした。

ブログ「登る走る」T沢さんからもご推奨頂いた所でもある。

とは言え折角行くのだから、少しでも楽しいルートにしようということで、

田代を起点にして牛小屋谷からヨビヤ峠越えで横川に下り、旧道を歩いて田代出合経由での周回ルートとし、

途中のヨビヤ峠からはその南側のピークである中山(970.3m)にピストンしてみることとした。

さて、その顛末は・・・・!

 

《山行記録》

田代9:48・・・・9:49田代橋・・・・9:52砥石郷登山口・・・・10:02添郷(ヨビヤ峠分岐)・・・・10:27ヨビヤ峠10:31・・・・10:49前峰・・・・11:13中山(970.3m)11:24・・・・11:40前峰・・・・11:52ヨビヤ峠・・・・12:01(昼食)12:29・・・・12:53横川登山口(横川小学校跡)・・・・12:56横川橋・・・・12:59旧道(田代出合方面)分岐・・・・13:30田代出合(三段峡横川口)・・・・14:04田代

〔総所要時間:4時間16分、昼食・休憩等:0時間43分、正味所要時間:3時間33分〕

 

 

 9:48 田代

  今年8月30日に砥石郷山から下山後に牛小屋谷を遡った時以来の田代であった。秋が深まり渓流釣りの人達の姿もないので、極めて静かな谷間であった。田代橋近くの空地に愛車を停めてから橋を渡り暫し牛小屋谷を上って行った。紅く小さな牛小屋谷橋を渡ってその先の高みへと上って行くと、かつての添郷(そえごう)の集落跡へと入って行く。大きな集落であったようで、10分間程歩いても今は見事な杉林となっている集落跡は途切れなかった。

 

 

 

 

〈田代橋〉

〈牛小屋谷橋〉

 

 

 

 

 

〈添郷の集落跡〉

〈集落跡の朽ちた橋〉

 

 

10:02 添郷(ヨビヤ峠分岐)

  ヨビヤ峠への道は添郷集落跡の一番奥まった一角で牛小屋谷筋の道から左(東)に分岐していた。暫し集落跡の石垣の間を縫った後、背後の山の急峻な斜面をジグザグを描きながら高みへと上って行った。廃村となった添郷や田代の子供たちが山を越えた横川(よこごう)にある小学校へ通う道であったという。集落がない今はその道も荒れるに任されていて山越えには難渋するだろうと踏んでいたが、意外や意外よく管理されて笹や灌木もきれいに刈られた小径が峠へと続く谷の左岸斜面に続いていた。

 

 

 

 

〈ヨビヤ峠への分岐〉

〈手入れされた山道が斜面を上っていた〉

 

 

 

 

 

〈倒れた古い電柱と思われる木材〉

〈良く手入れされ気持ちの良い道が続く〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ヨビヤ峠直下のミズナラの林を行く小径〉

 

 

 

10:27〜10:31 ヨビヤ峠

  よく手入れされた道のお陰で田代から40分間も要せずにヨビヤ峠へ着いた。南側の標高970.3メートルの中山、北側の856メートルのピークに挟まれた標高810メートル余の峠である。峠の一角にそこに立つと山彦が良く反響する「ヨビ岩」と呼ばれる岩があるところから、ヨビヤ峠と名付けられたと聞いたことがある。早く着いたので、臆することなく南側の中山までのピストンを挙行することにした。

  峠から前峰の小ピークを越えて標高差160メートル程を上ることとなるが、その間は笹が林床を埋めた赤松とミズナラの美林で、小径とて通じていなかった。峠から尾根筋の急傾斜面を登って行った。笹が比較的疎らな林床で歩くにはさほど難渋しなかった。灌木に赤いテーピングがあったので迷うこともなかった。10分程登って行くと大きな岩塊が急斜面に屹立していた。 そこで「ヤッホー」と叫んでみると見事に山彦が響いた。この岩塊が「ヨビ岩」であるようだ。ヨビ岩を過ぎると斜度が緩くなり、笹もやや密度が濃くなって前峰のピークとなった。しばし緩やかな尾根筋を行き浅い鞍部を越えるといよいよ中山への上りとなる。笹の繁る中山の北面は上る程に斜度を増して、山頂直下が最も険しかった。笹や灌木を掴んで枯れ葉で埋まった足元が滑らぬように注意しながら身体を持ち上げて行った。

 

  

 

 

〈ヨビヤ峠〉

〈笹の尾根を中山へと向かう〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈登り行く笹の尾根上にあった岩塊、これがヨビ岩であろうか!〉

 

 

 

 

 

 

〈峠から小ピークを一つ越えると樹間に中山が見えてくる〉

〈行く手の右手に砥石郷山が望めた〉

 

 

 

 

 

〈振りかえると内黒山がきれいに見えた〉

〈険しい中山の北面を登る!〉

 

 

11:13〜11:24 中山(970.3m)

  中山の山頂部は赤松の巨木が林立し、林床は一面笹原で覆われていた。三角点の所在を捜していると松の幹にテーピングされたその下に見付けることが出来た。稜線上には赤松のほかにミズナラなどの樹々も多く、山頂から眺望は得られなかった。唯一西隣の砥石郷山が樹々越し見えていた。南側の恐羅漢山へと続く主稜線は、樹々の密度が濃くてほぼ眺望はゼロで、頂上近くが雪化粧したゲレンデの一角が何とか認められる程度であった。長居は無用の山頂なので、10分間程の小休止の後、来た道筋を峠まで引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈中山の四等三角点〉

 

〈笹と赤松の樹林に覆われた中山々頂〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈三角点の上には赤松の枝が広がる!〉

 

 

 

〈赤松の巨木が美しい!〉

 

 

 

 

 

〈浅いながらも笹を漕いでヨビヤ峠へと下り行く〉

〈樹林の先に見えるのは聖山〉

 

 

 

 

 

〈ヨビ岩に再会:間違いなくここからは山彦がよく響く〉

〈松と笹の尾根を下り行く!〉

 

 

11:52 ヨビヤ峠

  再び帰ってきたヨビヤ峠は、改めて見てみると眺望こそないものの美しい林に囲まれた心地良いところであった。ただ峠には晩秋の低くなった陽光が余り射してこないので、昼食はどこかの陽だまりで摂ることにして、暫し横川への下山路を行くこととした。横川側の下山路の方がより良く手入れされていた。概して沢の部分は荒れているが、その他は極上の登山道と言って良いだろう。峠から10分程行った赤松の巨木が林立する日当たりの良い尾根の上で昼食を摂った。美しい登山道筋を代表するような所であった。食後になお下って行くと、徐々に樹林に色付いた葉が残るようになり、フカフカの落ち葉の絨毯に加えて紅葉さえもが楽しめた。

 

 

 

 

〈上の斜面から見たヨビヤ峠〉

〈横川へと続く峠の道〉

 

 

 

 

 

〈きれいに整備された登山道である!〉

〈赤松の巨木の尾根の陽だまりで暫し昼食を摂る!〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈杉林の中を行く〉

 

 

 

〈下る程の紅葉が残っていた!〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈フカフカの落ち葉が厚く積もった道を行く!〉

 

 

 

12:53 横川登山口

  ヨビヤ峠から正味所要時間約30分で旧横川小学校の跡地脇の大規模林道に下山した。何の道標もなく、殺風景なところなのでここが登山口であることは分かり辛い。小学校の跡地には、倒された校舎の材木が積まれ、校門にでも使われたのであろうか校名を刻した石柱が無造作に置かれていたりした。二軒小屋方面へと行くと直ぐに立派な横川橋を渡った。橋を渡った直ぐ先の左手に旧道の分岐があったので、その道を採って横川川に沿って三段峡への横川側入口である田代出合へと向かうこととした。この辺りは元々横川の集落のあったところで、神社や石垣、立派な橋など往時を偲ぶ遺構が多く見られた。横川の名の元となった銀山城での戦いで毛利勢に敗れてここに落ちてきた戦国時代の広島横川の郷士対馬弥五郎の慰霊碑などは見る価値がありそうであった。

 

 

 

 

〈横川登山口:大規模林道に出る〉

〈登山口の道路反対側は旧横川小学校の跡だ〉

 

 

 

 

 

〈敷地の中に残っていた校名を刻んだ石柱〉

〈横川の集落の上手の渓流に懸る魚切滝〉

 

 

 

 

 

〈横川橋を渡ってから旧道を採って田代出合へと向かった〉

〈広島の横川の郷士対馬弥五郎の供養塔〉

 

 

 

 

 

〈幸橋:かつては賑わっていた横川集落の一角だったようだ!〉

〈横川川の渓流が美しい〉

 

 

13:30 田代出合

  田代出合は三段峡探勝で既知の所であった。ここで旧道は大きく左にカーブして、今度は田代川に沿って遡って行く形になった。奥三段峡がその上流部に控える田代川も深くて険しくよく蛇行する渓流である。落ち葉が分厚く積もった舗道を行くと、田代近くになって頭上を大規模林道の田代大橋が渡っていた。この林道が二軒小屋まで通じて、渓流に沿って曲折する狭隘な旧道に入って来る自動車は僅少となった。

 

 

 

 

〈三段峡への横川側入口の田代出合〉

〈田代川に架かる三段峡遊歩道の橋〉

 

 

 

 

 

〈田代へと旧道を行く!〉

〈舗装道にも枯葉が積もる晩秋の道〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈頭上に大規模林道の田代大橋が架かる〉

 

 

 

14:04 田代

  田代に入って来ると元集落の石垣が見られるようになる。今なお使えそうな立派なものも多い。今はその敷地に概して杉の樹が植えられていて、それが立派に育っている。出発から4時間余を費やして田代橋に近い愛車の駐車場所に帰り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈旧田代集落の石垣が続く〉

 

〈見上げると砥石郷山が聳える〉

 

 

 

〔山行所感〕

  今年8月の牛小屋谷遡行に続くこの山域の探査行であった。しかしヨビヤ峠越えは本文中に記したように良く手入れされた小径が添郷から横川の両集落跡の間に通じており、想定外の楽しい山歩きとなった。

中山への稜線歩きは、本来なら牛小屋高原からヨビヤ峠まで縦走したかったのではあるが、時間の都合で今回はこの間だけのピストンのいわば下見行とした。豊かな樹林に覆われた尾根筋で、笹の下生えも疎らで藪漕ぎとはならず急斜面の上り下りを除けば楽に歩ける所であった。

横川川と田代川の沿った旧道部分は、もう今では車で通り抜けることも、また歩き通す必要も殆どなくなった所となった。そんなことから、チャンスがあれば一度歩き通しておきたいと思っていたのだが、今回それを果たすことが出来た。横川といい田代といい、また添郷といい、今回は地図から消えた集落の跡を訪ねる山行であったとも言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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