長大な呉娑々宇山南尾根を辿る忘年登山 呉娑々宇山(682.2m)・茶臼山(271.4m)・岩滝山(192m)

広島県安芸郡府中町・広島市東区馬木町・安芸区畑賀町・同船越町

2009年12月5日(土)      8人仲間達+チャコ&門久

 

 

 

 

 

 

〈広島湾を望みながら南尾根を下り行く〉

 

 

 

師走、今年も忘年登山の時候となった。

行き先は事前の酒席で「水分峡から呉娑々宇山に登り、そこから南尾根を岩滝神社まで下るルート」に決まった。

下山してからメンバー宅で豪華華麗な宴席を設けようということとなった。

かなりのロングルートで、本格的な登山をも主体としたのが今年の特色である。

当日の天気予報は昼過ぎからは雨と風、雷を伴うかも知れないという芳しくないものであったが、

メンバーの日頃の精進の賜物か、昼食時間の短時間にひと荒れしただけで雨具を着ることもなく歩き通すことが出来た。

先ずもって安穏な山行で締め括りをすることが出来たようだ。

 

 

《山行記録》

水分峡森林公園管理棟9:23・・・・9:28水分神社9:29・・・・9:37草摺滝・・・・9:40登山道取り付き・・・・9:53あずま屋(展望台)9:55・・・・9:59林道横断・・・・10:14林道横断・・・・10:25林道横断10:26・・・・10:39林道(寺屋敷分岐)・・・・10:46寺屋敷跡(薬王寺跡)10:52・・・・11:00水分峡道合流(岩屋観音分岐)・・・・11:06バクチ岩11:09・・・・11:28呉娑々宇山(682.2m)12:07・・・・12:23バクチ岩12:26・・・・12:31岩屋観音分岐・・・・12:34水谷峡分岐・・・・12:36南尾根分岐12:37・・・・12:43ハンド岩12:47・・・・12:55休憩所12:58・・・・13:08送電線鉄塔13:09・・・・13:16石ころび憩の森分岐・・・・13:21 354m峰手前のピーク13:27 ・・・・13:35 水分峡分岐・・・・13:45笹ヶ峠(畑賀3.0q)13:46・・・・14:11茶臼山(271.4m)14:13・・・・14:20揚倉山14:23・・・・14:30呉娑々宇林道出合14:32・・・・14:37林道呉娑々宇線入口・・・・14:40甲越峠14:41・・・・15:19岩滝山(192m)・・・・15:22展望広場(岩滝山四等三角点)15:25・・・・15:31船越観音豊稔寺・・・・15:36岩滝神社

〔総所要時間:6時間13分、昼食・休憩等:1時間24分、正味所要時間:4時間49分〕

 

 9:23 水分峡森林公園管理棟

  集合場所は水分峡(みくまりきょう)森林公園の管理棟前。広い駐車場やトイレ、休憩所、案内所なども備えており素晴らしい環境である。管理棟で身支度を整えて登山を開始した。暫し渓流沿いに園地を遡って行く。水分神社、成田波切不動明王を過ぎて草摺の滝を右に見て進んで行った。15分余で園地の舗道から登山道に取り付いた。呉裟々宇山々頂まで3.4qと表示した道標があった。水分峡からのメーンのこの登山道は呉娑々宇山から高尾山へと延びる主稜線から南西に分岐する灌木に囲まれた支尾根を辿る。比較的に緩慢な傾斜の歩き易い道と言える。この尾根道を登り始めて10分余で展望台を兼ねた東屋があった。天気が良ければ好眺望なのだろうが、この日は悪天の予報の下でかなり霞んでいた。あまり眺望のない尾根道であるので、本来はここで眺望を楽しんでおきたいところである。その先は歩くテンポも掴めて順調に登って行った。途中で4回林道に出合った。4度目の出合地点の直ぐ先には午後に岩滝山方面へと下って行く南尾根道の分岐点がある。上りはそこを通らず、林道を歩いて府中町側の林道終点にある寺屋敷跡に寄り道して行くこととなった。

 

 

 

 

〈登山口の水分峡へのアプローチ〉

〈水分峡森林公園管理棟、ここから登山のスタート〉

 

 

 

 

 

〈水分神社に参拝して登山の安全を祈願する〉

〈暫し園地の中を行く〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈東屋上の展望台から府中町市街地を俯瞰する〉

 

 

 

〈登山道への取り付き〉

 

 

 

 

 

〈尾根道を登り行く〉

〈幾度か林道に出合う〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈4度目の林道出合から寺屋敷跡へ寄り道することに・・・〉

 

〈紅葉散る林道を寺屋敷跡へと急ぐ〉

 

 

10:46〜10:52 寺屋敷跡(薬王寺跡)

  寺屋敷跡には約1200年前に弘法大師が開基した薬王寺があって、爾来190年間この山中で民衆の信仰を集めていたという。高尾山への尾根筋の直下に当たり、その直ぐ先の林道が府中町から広島市に越える地点にはかつてはそこで林道は通行止めとなり馬ノ背のような尾根の壁があったが、今はそこも堀り拓かれてまだ通行は出来ないものの広島市側の工事中の林道と繋がっていた。その堀切を高尾山から呉娑々宇山方面へ続く尾根筋へと上がった。10分足らずでいわゆる「岩谷観音分れ」に出て、水分峡からのルートに合流した。稜線上の道は少しずつ斜度を増して松林の中を登って行き、一旦ピークアウトするその直前の右手にバクチ岩と呼ばれる大きな露岩のテラスがあった。本来府中町から広島市南部、広島湾の好眺望が拡がるが、この日は段々と下り坂となってきた空模様に霞んでしまっていた。それでも暫しそこからの眺望を楽んだあと、その直ぐ先から緩やかなになった尾根筋を辿って呉娑々宇山の山頂を目指した。行く程に雨が落ち始めて、その降り具合も徐々に強めになっていった。

 

 

 

 

〈寺屋敷跡〉

〈寺屋敷跡の案内板〉(写真をクリックすると拡大されます)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈水分峡からのルートに戻る〉

 

 

 

〈高尾山からのルートを登る〉

 

 

 

 

 

〈バクチ岩から霞む広島湾を遠望する〉

〈灌木の中の尾根道を呉娑々宇山々頂へと進む〉

 

 

11:28〜12:07 呉娑々宇山(682.2m)

  呉娑々宇山の山頂に着く頃に本格的な雨になってしまった。山頂は我々の他には単独行の男性の姿があるだけの静かなところであった。登頂の喜びに浸る余裕もなく雨を避けて山頂の一角にある無線中継塔の建物の軒下などを借りて雨宿りをしながら昼食を摂ることにした。午後の下山は雨の中の歩行となるかと気が重くなる程に一時は強風を伴った嵐にもなったが、昼食を終える頃には何と・・・、雨が不思議にも上って一部には青空さえも覘くほどになっていた。将にメンバーの日頃の精進の賜物・・・!下山にかかると、バクチ岩からの眺望も昼前に比べるとかなり改善していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈呉娑々宇山々頂〉

 

〈この塔の下で雨宿りの昼食を摂った〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈眺望が若干良くなったバクチ岩〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈この枯葉の尾根筋を海岸近くの船越まで下って行く〉

 

 

 

 

 

 

〈岩屋観音分れ〉

〈水谷峡分れ〉

 

 

12:36〜12:37 南尾根分岐(茶臼山方面分岐)

  バクチ岩から緩慢な尾根筋の道を岩屋観音分れ、水谷峡分れを通り過ごしつつ10分程下ってくると水分峡への道から左に分れる道筋があった。それまでは各所に立派な道標があったのにここには朽ちて字も読めないものしか立っていなかった。そんな中で、手書きの「南ルート(茶臼山、甲越峠)へ」という小さな手製の標識が有り難かった。分岐から5分程で、この尾根筋の見どころの一つのハンド岩が尾根の左側の斜面にあった。大野権現山のおむすび岩を彷彿させる「何故ここから落ちないの?」という岩である。ただ「ハンド」とはどういう意味かが良く分からない。そこからまた5分程で広々と尾根筋が開かれた休憩所に出た。左手へ下っている道は、水谷峡から畑賀へ繋がる道であろう。この辺りからは鉾取連山の姿が険しくも美しい。休憩所から先は、概して灌木の繁る尾根上の道だ。ただ尾根筋を多くの送電線が通り、その鉄塔が幾つも現れる。地形図の送電線と対比して現在地を割り出そうするが、鉄塔の多さからなかなか同定は困難であった。

この尾根筋で笹ヶ峠を通ることが楽しみであった。私の心の中では、笹ヶ峠は大きく伸びやかな峠とイメージされていた。だがしかし地形図に記された笹ヶ峠の地点に至るまの間に、何回も「笹ヶ峠」の標識が現れた。最初は354メートルピークの一つ手前のピーク上にその表示があった。次いでそこから10分も経たない水分峡への分岐がある地点に立つ中国自然歩道の道標にもそこが笹ヶ峠だと記されていた。その上に、階段状の急坂を下った地形図で笹ヶ峰とされている地点には、峠の表示はなく、畑賀へ下る道が分岐していたが、その道はあまり踏まれている形跡がなかった。結局は、現在ではどこが正式な笹ヶ峠か分からないままで、私の心の中のたおやかな峠のイメージはフェイドアウトしてしまった。

 

 

 

 

〈南尾根ルートの分岐に掛けられた手製の案内〉

〈ハンド岩、遥か先には鉾取連山が見える〉

 

 

 

 

 

〈尾根上の休憩所〉

〈休憩所から畑賀の集落を俯瞰する〉

 

 

 

 

 

〈送電線の鉄塔越しに高尾山、岩屋観音の尾根を望む〉

〈何ヵ所かにあった笹ヶ峠の道標〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ここが地形図上の笹ヶ峠であるが、あまり踏まれた形跡がない〉

 

 

 

〈笹ヶ峠への急坂を下る〉

 

 

14:11〜14:13 茶臼山(271.4m)

  地形図上の笹ヶ峠から301メートルのピーク上に登り返してから、あまい起伏のない登山道を辿って行くと、右から林道呉娑々宇線が登山道を掠めるが如くに寄って来たが、双方は合流はしなかった。その林道は右手の山裾を巻いて登山道から遠ざかって行ったが、その裾の上の一段高いピークこそこの日二番目のピークの茶臼山であった。とは言え、登山道を辿って行くとそのピークは登山道の左手の灌木の中に付け足しのようにあるだけの所であった。登山道から分岐した踏み跡を辿って行って始めて四等三角点を確認することが出来た。茶臼山から見ると、その直ぐ先にまだ高いピークがあった。10分も経たない間に山頂付近の灌木が見事に伐採されたその峰に到着した。振り返ると呉娑々宇山からの南尾根がよく見渡せた。そこが揚倉山であった。直下のサッカー場を始め、広島湾などの好眺望を得られる所であった。 揚倉山を過ぎるとコンクリート敷きの下り道となって、10分も経たないうちに林道呉娑々宇線に下った。その林道を5分も歩くと甲越峠の端っこの林道ゲートに出た。ゲートから峠までは数分の距離であった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈茶臼山々頂の四等三角点〉

 

 

 

〈落ち葉の道を茶臼山へと向かう〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈揚倉山から辿ってきた尾根筋を見返す〉

 

 

 

 

 

 

〈揚倉山からみた海田大橋、広島大橋、金輪島〉

〈揚倉のサッカー場〉

 

 

 

 

 

〈一旦林道呉娑々宇線に出た〉

〈林道呉娑々宇線の入口〉

 

 

14:40 甲越峠

  甲越峠はガイドブックによれば「こうごえ」と読むようだ。峠に立つと我々が林道へ一旦下りた揚倉山の方へ、峠から直登する道があった。揚倉山のどこかの地点でこちらへ直接来る道を見失ってしまったようだ。思い直して、峠からロープの張られた急登を上って岩滝山へ向かった。ずり落ちそうな急坂は直ぐ終わって尾根上に出た。二つ続けて送電線の鉄塔があり、その先で浅い鞍部へと下り、上り返したところが新幹線の府中トンネルが下を通る242メートルのピークである。目の前に日浦山や蓮華寺山が望めた。ここで呉娑々宇山の眺望ともお別れとなった。やや灌木が小煩くなったかと思える尾根筋を行くと、小さなピークをひとつ越えた。倒木がその小ピーク上を占拠していたが、そこが岩滝山の頂のようであった。なんとも散文的なところである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈甲越峠〉

 

〈甲越峠から岩滝山方面への急坂を登る〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈新幹線の府中トンネルが貫通するピークから呉娑々宇山を振り返る〉

 

 

 

15:36 岩滝山

  岩滝山のピークを過ぎて下って行くと、直ぐに日切地蔵尊の祠のある展望広場へ出た。海田湾や黄金山などの眺めが素晴らしかった。この広場に四等三角点があった。岩滝山の163.2mの三角点である。ここにこの三角点があるがゆえに、最高点は登山者や参拝者から無視されているようである。展望広場からはどちら向きにも下山出来るようであったが、われわらは時計と反対回りで下って行った。下ったところが岩滝神社であった。安芸の国鎮守の神社で、春から初夏にかけて桜やフジの花が美しいという。その季節にも訪ねてみたいものだ。

 

 

 

 

〈倒木が占拠する岩滝山々頂〉

〈岩滝山の展望広場、四等三角点はここにある〉

 

 

 

 

 

〈船越観音の霊場巡りの石仏〉

〈展望広場からの眺望〉

 

 

 

 

 

〈船越観音豊稔寺の鐘楼〉

〈岩滝神社〉

 

 

  この日の山行はここ岩滝神社で打ち止めとして、宴の準備の整っているメンバー氏宅に急行することとした。宴会の様子をお見せ出来ないのが残念ですが、一年間の山行を締め括るにふさわしい盛り上がりとなったのは言うまでもありません。

 

 

〔山行所感〕

  忘年登山は、一年の山行を振り返ると共に、健康にこうして年末まで歩けたことを感謝する機会でもあります。また仲間と相集うてそれらをお互いに確認し合い、併せて一年間のご厚誼に感謝する機会とも言えます。 今年は本格的な山行に、メンバー氏宅でのこれまた本格的な宴席と、皆々様のご協力なくしては出来ないことをスムースに取り運ぶことが出来ました。感謝、感謝の一日で、実に良き一年の締め括りとなりました。有り難い限りです。

  来年も、健康に留意してまた楽しく、素晴らしい山行を重ねることが出来ればと祈ります。より多くの美しく、素晴らしい山々に、そして良き山の仲間達に巡り会いたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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