安芸宮島を大縦走 岩船岳(466.6m)・あての木浦

広島県廿日市市宮島町

2010年2月28日(日)    広島山稜会の皆様+門久

 

 

 

 

 

 

〈宮島の最南西端部の可部島を望む〉

 

 

 

未明までの雨が上がって、好天の朝を迎えた2月末の日曜日、

広島山稜会の第1396回例会におジャマして

安芸宮島の最奥の山・岩船山(466.6m)と

更にその先の島の最南西端に近いあての木浦を訪ねることにした。

兎に角遠くて厳しいという定評のある山と考えるだけで頭が真っ白になりそうな途方もない海岸である。

しかし大潮の干潮を利用すれば帰りは海岸をほぼ歩けてスピードアップ出来ると言う。

そんな世界への9時間におよぶ山行と海岸・干潟歩きのレポートである。

 

《山行記録》

宮島桟橋8:18・・・・8:31紅葉谷公園入口・・・・8:42四宮コース登山口8:47・・・・9:18(休憩)9:21・・・・9:24巻き道分岐(夕陽観音下)・・・・9:47仁王門跡9:49・・・・10:03奥の院10:07・・・・10:29 502mピーク10:31・・・・10:45先峠・・・・11:00陶晴賢碑分岐・・・・11:30大川越・・・・12:06ニセ岩船(東峰)・・・・12:16岩船岳(466.6)12:43・・・・13:05御床山(364m)・・・・13:08好眺望地13:12・・・・13:32砲台跡13:36・・・・14:10あての木浦14:20・・・・15:14御床神社15:24・・・・15:41大川浦・・・・16:03内侍岩(ないしいわ)・・・・16:35多々良16:42・・・・17:09大元公園17:12・・・・17:21厳島神社大鳥居・・・・17:32宮島桟橋

〔総所要時間:9時間14分、昼食・休憩等:1時間19分、正味所要時間:7時間55分〕

 

 8:18 宮島桟橋

  宮島口桟橋で広島山稜会のメンバー6人にお会いして、午前7時57分発のJR連絡船で宮島に渡った。宮島桟橋で身仕度を整えてからいよいよスタート。島の果てまでの山旅であるが、そのアプローチも半端ではない。四宮ルートを採って弥山に向かい、途中で籔漕ぎ覚悟で仁王門跡へトラバースし、そこから奥の院に下り、その後背の502mピークを先峠へ越えてから、宮島主稜線に乗って岩船岳に向かうというもの。覚悟の長大ルートということで、メンバー皆物静かに町家通りを歩いて紅葉谷公園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JR連絡船で朝の宮島へ渡る〉

 

〈町家通りを登山口に向かう〉

 

 

 8:42〜8:47 四宮ルート登山口

  四宮ルートの取り付きで、前夜の雨で溜った雨露に備えてメンバー全員がスパッツを着けた。取り付き早々は樹の根を踏みながらの急坂である。そこを過ぎると弥山山頂へと続く長尾根歩きとなる。眺望は優れないルートであるが、山頂へ直接登れ、階段がないので今や人気のコースになりつつある。体調を整えるようにしっかりと歩くリーダーに続いて緩斜面を登って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈眺望の開けた所で小休憩〉

 

 

 

〈四宮ルートを登り行く〉

 

 

 9:24 巻き道分岐

  四宮ルートが緩斜面からやや急傾斜に移ろうかというところに夕陽観音の祠があるが、この日はそこまで行かず、その直ぐ下で右へ折れる踏み跡然としたトラバース道を採った。弥山の北斜面を巻きながら籔漕ぎ覚悟で仁王門跡へ出ようとのルート設定である。時折ずり落ちそうな懸崖も通過しつつ、幾つかの小沢や小尾根を越えて踏み跡は続いていた。幾度かルートファインディングも必要であったが、何とか進んで行けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈夕陽観音下で巻き道に踏み入る〉

 

〈踏み跡然とした道が細々と続く〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈こんな石柱が散らばる、かつては参道であったのかも・・・?〉

 

〈幾つかの小尾根、小沢を越えて行く〉

 

 

 9:47〜9:49 仁王門跡

  何とか仁王門跡に出て、鞍部の十字路から大聖院奥の院へのルートを採った。よく整備された遊歩道を軽快に下って行った。遊歩道を下り切ると多々良林道の終点部に合流する。終点の膨らみの広場にはいつも軽自動車が停まっているような気がするが、弥山本堂へ通勤する大聖院の関係者の車であろうか?ちょっとだけ林道を下って、直ぐに左手へ入る参道を行けば奥の院の境内へ入った。

 

 

 

 

〈仁王門跡前の鞍部から奥の院への道を採る〉

〈奥の院へは良く整備された遊歩道を下って行く〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈路傍の石仏〉

 

〈ピンクの椿咲く奥の院境内へ〉

 

 

10:03〜10:07 奥の院

  暫し小休憩の間に奥の院に参拝した。ここから502mピークに登る。境内の一角の日切り地蔵尊の祠の後ろ側から薄暗い杉林の中の登山道に入って背後の鞍部まで登った。繁った灌木が身体を擦って歩き辛い尾根筋の道となったが、直ぐに羊歯の急傾斜を登って行くようになった。急坂に太い倒木が幾本も横たわっていて、あたかも障害物競争のような厳しい道であった。その急坂を登り切ると少し傾斜が緩やかになり、再び灌木の中の道となって、そこを登り切ると502mピークの山頂近くの三差路に出合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈奥の院〉

〈502mピークへ羊歯の急斜面を登る〉

 

 

10:29〜10:31 502mピーク

  502mピークの頂きは三差路からほんの少しだけ左手の尾根筋を進んで行ったところである。特に何の表示もないので、最初の最高点がそれと思えば間違いない。すぐ先に杉の樹に囲まれた大きな岩があるのでそれが見印となる。先を急ぐ旅であるので、直ぐに三差路に引き返して先峠への下り尾根道にかかった。やや広くなったと感じられる道を15分足らず下って行くと、多々良林道の岩船岳登山口から上ってきた道と合流した。ここが先峠である。手作りの各種道標があって賑やかである。ここから宮島の主稜線を行くこととなる。宮島特有の粘っこい羊歯の中の狭い尾根道であるが暫くは先峠山の東斜面を巻くように行く。殆どアップダウンもない道が続き、樹間に岩船岳の雄姿を仰ぎながら進んで行った。左手に502mピークの西斜面や青海苔浦の先に阿多田島が望める。大川越の手前で351mピークに一旦登る。暫く上りがなかったのでちょっと厭な感じになったが、直ぐにピークアウトして大川越へと下って行った。

 

 

 

 

〈502mピークの大岩〉

〈樹々の向こうに岩船岳を眺めながら先峠へと下る〉

 

 

 

 

 

〈先峠〉

〈縦走路から岩船岳を仰ぐ〉

 

 

 

 

 

〈青海苔浦の先に阿多田島が浮かぶ〉

〈大野瀬戸の向こうに経小屋山を望む〉

 

 

11:30 大川越 

  大川越で先行していた20人ばかりのグループを追い抜いた。朝の連絡船に同乗していたグループである。大川越から先は羊歯が一段と濃くまた粘っこくなって行く感じであった。ここからが岩船岳の真価を知るところとなる。先ずは羊歯の中の胸突きの急坂が待っていた。標高差150メートル近くを一気に登る難所である。夏などはとても登りたくないところであるが、急坂の途中から振り返れば502mピークや辿ってきた尾根筋の眺望が美しい。その長い急坂が終わっても安心は出来ない。ニセ岩船とも言われる東峰への急坂がまた待っている。登り切って眺望の良い岩の上に立てば、まだ岩船岳の山頂は遥か(?)先、幾多の艱難辛苦の末に山頂到達かと期待した多くの登山者がガックリとするところである。とは言ってもあと10分も行けば本物の山頂に到達出来る。

 

 

 

 

〈大川越では20人近い先行グループが休憩中であった〉

〈深く粘っこい羊歯の中の道を行く〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈502mピークを望む、稜線の肩から駒ヶ林、焼山が覗く〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈羊歯のない宮島の山など考えられない〉

 

 

 

〈羊歯の中の胸突きの急坂の登り行く〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ニセ山頂の東峰から本物の山頂から下る尾根筋を眺める〉

 

〈この露岩帯を抜けると山頂は直ぐ!〉

 

 

12:16〜12:43 岩船岳(466.6m)

  見事なリーダーのピッチで歩き通して先峠から1時間半で岩船岳の山頂に到達した。途中3グループの登山者と擦れ違ったが、山頂には人影はなかった。主稜線から南に外れた岩棚の上で昼食を摂ることとなった。島の東から南にかけての眺望が素晴らしいところである。好天ではあるが、やや霞んでもおり周防大島辺りはあまり見えなかった。30分弱の昼食を終える頃に、追い抜いた20人ばかりのグループが山頂に到着した。岩棚を交代するように我々は先に進むこととなった。ここから先は初めて行くルートである。岩船岳の山頂部を外れると灌木の中をドンドンと下る急坂ではあったが、御床山まではしっかりとした踏み跡が続いていた。尾根を外さねばまず迷うことのない道筋であった。

 

 

 

 

〈岩船岳山頂〉

〈岩船岳の三等三角点〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈大眺望の中で昼食、能美島、小黒神島、大黒神島を望む〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈眼下には阿多田島が浮かぶ〉

 

 

 

 

 

 

〈宮島最南西端方面の眺望〉

〈御床山への道〉

 

 

13:03 御床山(364m)

  御床山は宮島主稜線上の南端のピークとして存在感のあるところかと思っていたが、樹林の中に大きな岩があるだけで、御床浦への分岐がなければ気付かずに通り過ぎそうな何の変哲もないところであった。しかしその小ピークを過ぎて西斜面に出ると様相は急展開した。この日一番の絶景が目の中に飛び込んで来た。宮島の南西端とその前面の海と対岸が一望の下! 振り返れば、岩船岳の南面も剛毅な顔をしていた。本当にここまで来た良かったと心底思える、来た者しか見ることの出来ない美しき景観が広がっていた。ここで記念撮影をしてから先に進んだ。さて御前床山から先は、深い羊歯の中の踏み跡も時に薄くなって、ルートファインディングも重要になってきた。深い羊歯の中に幾本もの踏み跡が残っていたりする。皆さん各様に苦労されたようだ。御床山を下って次の230mポイントに架かる前から砲台跡に行き当たった。山上の各所に諸施設や生活の場の跡が点在していた。メインは大広場2間と小部屋1間の陣容のコンクリート造りの大きな廃墟。ここの砲台跡の中心施設であったのであろう。今はただその中を早春の風が通り抜けているだけであった。その先も深い羊歯の中の迷路のような道筋を辿り、鞍部に下ってあての木浦方面へ方向転換するとジャングルのような羊歯の谷筋となった。ここまで下ってくると、あての木浦はもう近い。

 

 

 

 

〈御床山々頂、樹林の中に露岩があるだけ〉

〈御床山で御床浦への道が分岐する〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈御床山の西斜面の好展望地から宮島最西南端の241mピークを望む〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈眼下の山白浦の先には阿多田島が陣取る〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈西側から仰ぐ岩船岳〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈突然現れたコンクリート造形物〉

 

 

 

〈羊歯の中の踏み跡を下る〉

 

 

 

 

 

〈砲台跡の廃墟〉

〈大きな広間2室、小部屋1室の大きな建物だったようだ〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈本日の最終目的地あての木浦と可部島を見下ろす〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈尾根筋の深い羊歯を掻き分けるように進む〉

 

〈鞍部からの下りは羊歯繁る谷〉

 

 

14:10〜14:20 あての木浦

  この日の最終目的地のあての木浦に到着。宮島桟橋を出てから6時間たっていた。長くて厳しい道程であったが、辿り着いた浜は陽光に輝く美しい浦であった。浜の片隅に陣取っての暫しの憩い!心安らぐ時間! 重い蜜柑をここまで担いで来られた奇特な方からのプレゼントに大感謝!浜は月齢14日の大潮の干潮が始まっており、これから数時間は海岸や干潟を歩けると言う。 明るいうちに宮島桟橋に帰着すべく10分程の休憩の後帰路に就くこととなった。先ずはあての木浦から小さな岬を回って長浦まで海岸伝いに歩いた。砂は適度に湿っていて、決して歩き難いということはない。長浦でルートファインディングをして御床浦までは山越えをした。平根の岬を回るのはとても無理なことである。御床浦から多々良まではずっと海岸と干潟を歩いた。海岸沿いのアップダウンの多い地道に比べれば、海の中の道は高速道路であると言える。広い広い干潟には驚いた。途中で宮島七浦七恵比寿のひとつの御床神社に参拝も出来、干潟でアサリ養殖の準備をしている漁師の皆さんの様子も拝見することが出来た。海岸に曰くありげな巨岩を見付ければ、やはり島の娘と平家の貴族の悲恋の物語が秘められていた。足は草臥れてはいたが、いつしか山を忘れて海の中の歩行に夢中になっていた。

 

 

 

 

〈あての木浦近くにあった山桜の巨木:「あての木桜」〉

〈あての木浦、左側の岬を回り込むと最南西端の革篭(こうご)崎〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈可部島を望むあての木浦、大竹市の臨海工場群が迫る〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈小さな岬を回ると長浦だ!〉

 

 

 

〈干潮の海浜を帰路に就く〉

 

 

 

 

 

〈長浦から御床浦へは山越えの道を採った〉

〈御床浦の干潟を歩く〉

 

 

 

 

 

〈御床神社、宮島七浦七恵比寿の一つである〉

〈大川浦から経小屋山、城山を望む〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈牡蠣の種付け場を行く〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈大川浦から続く広大な干潟を歩く〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈大干潟では漁師の方々がアサリの養殖の床を整備中であった〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈旧暦14日の大潮の干潮で干上がった広大な干潟を見返す〉

 

 

 

 

 

 

〈干潟から岩船岳のスカイラインを振り返る〉

〈内侍(ないし)岩:純情な巫女・有子(ありこ)内侍の哀話を秘める〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈海岸歩き2時間ほどでやっと宮島口の建物群が間近に見えてきた〉

 

 

 

16:35〜16:42 多々良

  あての木浦から2時間余りほぼ海岸と干潟を歩き続けて、多々良でやっと海岸沿いの車道に上がった。ここまで来れば宮島桟橋まで1時間足らずの距離を残すのみとなった。長い砂地歩きの後だけに固い舗装道路であっても、土の上はしっかりと歩けた。大元公園まで帰って来るともう秒読みに入った感じであった。厳島神社前面の浜はまだ干潮のままで、そこを横切って近道をして桟橋へと向かった。

 

 

 

 

〈前峠山を仰ぐ多々良まで海岸を歩いて来た〉

〈多々良で海岸の車道に上がった〉

 

 

17:32宮島桟橋

  9時間余の山行を終えて宮島桟橋に帰ってきた。あての木浦から3時間余りで帰着出来たことになる。干潮の海岸の威力を想う。午後5時40分発のJR連絡船に乗って全員で帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 

 

〈厳島神社の前面の浜はまだ干潮のままであった〉

 

 

 

 

〔山行所感〕

  広島山稜会さんの例会に参加させて頂いて、宮島の長大で多様なルートの歩行を楽しませて頂きました。会員6名の息も合って、皆さん親切でまた誠実な方ばかりで気持ちの良い一日を過ごすことが出来ました。山岳会スタイルの山歩きからは久しく遠ざかっていて果たしてどうなるかと思っていましたが、何とかバテ切らずに皆さんと行動を共にすることが出来て安心しました。勿論、終始一貫してメンバーの動きを注視しておられた、リーダーの心配りの賜物でもあると思います。山だけでなく、海をも含めて多様な宮島の自然を一日楽しく堪能させて頂き誠に有り難うございました。心に末永く残る一日になったことは間違いないと思います。

 

 

 

 

 

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