神の島の歴史と自然探訪 陶晴賢碑・青海苔浦・鷹巣砲台跡

広島県廿日市市宮島町

2010年3月27日(土)     3人の仲間たち+門久

 

 

 

 

 

 

〈山深き宮島の高安ヶ原に建つ陶晴賢碑〉

 

 

 

今年2月28日(日)の岩船岳・あての木浦行が引き金になって

長い間仲間と暖めていた陶晴賢碑・青海苔浦の探訪を挙行することとなった。

これらに加えて帰路は東海岸の車道を採って、

途中で鷹巣砲台跡にも立ち寄って近代の歴史遺産も見てみようという計画とした。

総延長では20qを超えるロングコースとなった。

 

《山行記録》

 

 宮島桟橋7:58・・・・8:07厳島神社裏(五重塔下)8:12・・・・8:21多宝塔8:27・・・・8:34大元公園・・・・8:39血仏8:41・・・・8:46大元公園登山口8:48・・・・9:05衣類調整9:07・・・・9:31前峠乗越・・・・9:33前峠9:37・・・・9:54岩船岳登山口9:56・・・・10:11先峠・・・・10:14岩船岳道分岐・・・・10:44三差路(岩船道・青海苔浦道出合)10:50・・・・10:51陶晴賢碑入口・・・(ちょっと迷う)・・・・10:58陶晴賢碑11:06・・・・11:08陶晴賢碑入口・・・・11:53牛馬道分岐・・・・11:55水道施設・・・・12:15青海苔浦分岐・・・・12:18青海苔浦(昼食)13:11・・・・13:15青海苔浦分岐・・・・14:47大砂利14:52・・・・15:07腰細浦15:16・・・・15:37入浜15:46・・・・15:50(迷う)15:56・・・・15:58鷹ノ巣山踏み跡入口・・・・16:24鷹巣砲台跡鞍部・・・・16:26高砲台跡16:30・・・・16:38低砲台跡16:48・・・・16:53鞍部・・・・17:09車道出合・・・・17:31包ヶ浦自然公園17:38・・・・17:46包ヶ浦自然公園入口17:48・・・・18:00杉之浦隧道・・・・18:06金岡水(きんこうすい)・・・・18:28紅葉谷分岐・・・・18:35宮島桟橋

〔総所要時間:10時間37分、昼食・休憩等:2時間22分、正味所要時間:8時間15分〕  

 

 7:58 宮島桟橋

   ロングコースであるので早出を旨として宮島口桟橋午前7時40分発の連絡船で宮島に渡った。宮島桟橋で身仕度を整えて午前8時前には出発した。町家通りから厳島神社の裏手に出て、暫し枝垂れ桜に映える五重の塔を眺めた。多宝塔の周辺の桜も五分咲きに近い咲き具合となっていたので、多宝塔に上がってからあせび歩道を辿って桜並木を大元公園へと向かった。

 

 

 

 

〈朝靄の中の宮島〉

〈枝垂れ桜に彩られた五重塔〉

 

 

 

 

 

〈多宝塔の周囲の桜は五分咲き〉

〈あせび歩道から桜越しに五重塔、多宝塔を遠望する〉

 

 

8:34 大元公園

  大元公園の桜も3分強の咲き具合であったが、この日は歴史探訪が第一義と先ずは1555年の厳島合戦での陶晴賢軍の敗死者の供養塔と言われる「血仏」に参拝した。大元公園の最奥部の大元橋の手前から右へ前峠に向かう踏み跡が延びているのでその道に入った。数年前まではかなり荒れた道であったが、今では岩船岳などへ向かう登山者の数も増えて比較的歩き易い道筋となってきている。それでもまだまだ野趣に富んだ道である。大元公園の登山口から45分程で前峠を越え、更に羊歯の中の山道を下ること20分足らずで多々良林道沿いの岩船岳登山口に出た。

 

 

 

 

〈大元公園〉

〈血仏:陶軍敗死者の供養塔という〉

 

 

 

 

 

〈大元公園から前峠方面への登山口〉

〈前峠への道は今でもワイルド感が残る〉

 

 

 

 

 

〈前峠:焼山、多々良林道への道が分岐する〉

〈先峠を仰ぎながら羊歯の道を下って行く〉

 

 

 9:54〜9:56 岩船岳登山口

  多々良林道の岩船岳登山口から先峠まで一気に登った。15分程の道程であるが、最後の峠手前の急登は仲々に厳しい。峠で左から502m峰を経由してきた奥の院からの道が合わさる。右の岩船岳方面への道を採ると直ぐに左に青海苔浦への道が分岐するのでそれを採った。この谷間を歩くのは初めてである。渓谷の左岸の灌木林の中に人間が一人通れるだけの切り開きの踏み跡が続いていた。古いテープと灌木の切り株を追って行くと何とか迷わずに歩ける道であった。日当たりの良い所には羊歯が繁っていたが、踏み跡は細々と続いていた。先峠から30分程で大江越から下ってくる道が右から合わさった。その三叉路の直ぐ先の左側に陶晴賢碑への入口があった。

 

 

 

 

〈岩船岳登山口(多々良林道)〉

〈先峠〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈羊歯の道の先に岩船岳が覗く〉

 

 

 

〈ひと一人がやっと通れる踏み跡を行く〉

 

 

 

 

 

〈テープを頼りに谷間を下り行く〉

〈手製の道標が架かる三叉路〉

 

 

10:58〜11:06 陶晴賢碑

  入口から数分間灌木の中を辿ると碑石に出合えるが、ここであらぬ方へ入ってしまい5分程のタイムロスをしてしまった。入口でテープをよく確認してから灌木林に入るのが宜しかろう。この辺りは高安ヶ原と呼ばれる特色のない平らかな灌木帯なので迷うと困ったことになろう。永い間課題としてきた碑にやっと出会えた歓びは大きかった。陶晴賢の自刀の地については諸説あり決してここであるとは思っていないが、森閑とした樹林の中の碑石の前にいると霊気さえも感じるようであった。

  陶晴賢碑から青海苔浦まではまだ遠い。碑石入口から下って間もなく清冽な水が流れる青海苔川を渡渉すると、その先には人の手で造られた道筋となった。もうかなり長い間放置され、橋も完全に落ちてしまった道であるが断然に歩き易い。陶碑石から45分ほどの所で手製の道標に牛馬道と記された道が右から合わさった。大川越辺りからの道であろうか。その直ぐ先に防災用の水源地と思われる宮島町の水道施設があった。水道施設から青海苔浦まではよく手入れされたダートの管理車道となった。そこで何と猪と遭遇し、ダート道を走るウリボウを目撃した。野趣豊かな宮島である。

 

 

 

 

〈陶晴賢碑への入口の道標〉

〈碑の側にあった銘板〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈自然石の上に建てられた陶晴賢碑〉

 

 

 

 

 

 

〈高安ヶ原から青海苔浦へのしっかりとした道〉

〈日当たりの良い道筋には羊歯が繁る〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈青海苔川の豊かな水は清らかである〉

 

 

 

〈長らく放置されたままの道である〉

 

 

 

 

 

〈海岸まで800mほどのところに町の水道施設があった〉

〈水道施設からは手入れされた車道を歩く〉

 

 

 

 

 

〈ちょっと見辛いが逃げる「ウリボウ」の後姿である〉

 

 

12:18〜13:11 青海苔浦

  陶晴賢碑から1時間余で青海苔浦へ到達した。人恋いしげに近寄って来る立派な角を持った鹿の出迎えを受けた。前面に広がる青い海、東西の能見島や大小の黒神島、阿多田島などの島影の醸す新鮮な景観は、遙かなる青海苔浦に遂に来たことを実感させてくれた。ここで長い昼食を摂った。先客の男性が一人おられた。大砂利まで自動車で来られ、そこから電動自転車を駆って僅か20分でここまで来られたという。そんな手もあったかという感じ!この先の海岸部の道を探査されているという。

  青海苔浦からは海岸部に設えられた管理車道を辿る。山火事を想定した防災道路という。道路下には消火用の水道管も敷設されているようだ。大砂利からこちらは一般車両は通行止めであるので安心して歩ける。道は概して海岸部の段丘の上を通っており、海岸はあまり見通せなかった。アップダウンに苦しめられる道と見聞していたが、そんなに苦になるものではなかった。最初のうちは502m峰を、次いで弥山や獅子岩を仰ぎながら青海苔浦から1時間45分程で大砂利に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

〈遙かなる青海苔浦に到着!〉

 

 

 

 

 

 

〈青海苔浦神社、安芸宮島七浦の一つである〉

〈まだ籔椿が綺麗に咲いていた〉

 

 

 

 

 

〈青海苔浦からはコンクリート舗装された車道歩き〉

〈次から次へと岬を回る〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈樫ノ木浦の先に阿多田島を望む〉

 

〈弥山(左)と獅子岩(右)を仰ぐ〉

 

 

14:47〜14:52 大砂利

  大砂利の通行止めの柵は厳重そのものであった。人とて通ることが出来ない構造である。我々は海岸に出てそこを通過した。大砂利の山手には別荘地があるというが、海岸部の車道からは見えなかった。大砂利から続く長い砂の海岸の東側が安芸宮島七浦の一つの腰細浦である。砂浜に腰細浦神社が祀られていた。腰細浦の先の岬を回るとこの後登る予定の鷹ノ巣山が見え始めた。入浜はその手前でもう近い。

 

 

 

 

〈大砂利の通行止めの柵〉

〈大砂利の浜から小黒神島(手前)と大黒神島を望む〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈腰細浦神社〉

 

〈大奈佐美島を望む〉

 

 

15:37〜15:46 入浜

  入浜は比較的に小さな浜であるが見所も多い。海岸の砂浜には鷹ノ巣浦神社の祠が祀られている。鷹ノ巣浦も宮島七浦の一つでこの先1q足らずのところにあるが、海岸部が岩礁で塞がれているので、祠はこちらの入浜に祀られているようだ。砂浜の車道を挟んだ山側には汽水を湛えた小さな池がある。シラサギが一羽いたので餌の魚もいるのであろう。天然記念物のミヤジマトンボの生息する池という。そう言えば、宮島にはヒメホタルもいる。どちらも一度見てみたいものだ。

  入浜から鷹巣砲台跡のある山に入って行く予定であった。踏み跡があると言う。入浜の東側で車道が大きく左折してその先で右にヘヤピンカーブを描くが、そのヘアピンの曲がり角辺りが踏み跡への入口と見当を付けて入ってみたが、そこは厳重に有刺鉄線の柵を巡らした住居跡であった。引き返して最初の車道が左折する地点にテープを見付けて入ってみると、薄いながらも踏み跡が灌木の中に続いており、入って行くに従ってはっきりとした踏み跡になって行った。

 

 

 

 

〈入浜〉

〈鷹ノ巣浦神社は入浜に建つ〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈入浜の陸地側にある汽水池〉

 

〈入浜に延びていた鹿道〉

 

 

 

 

 

〈汽水池を本拠にする白鷺〉

〈入浜の東端から鷹巣砲台跡への踏み跡を辿った〉

 

 

16:24〜16:48 鷹巣砲台跡

  入浜から踏み跡を辿ること25分程で標高194mの鷹ノ巣山の西側の鞍部に出ることが出来た。この鞍部の東西に砲台跡があるらしい。先ずは西側の山稜部に歩を進めると稜線部に窪地を穿ってそこに広大な砲台の陣地が築かれていた。3か所程確認したが、まだ他にもあるかも知れない。高砲台で周囲は土塁で囲まれており海からは見えない構造である。明治30〜31年に造られたというが、その規模の大きさに先ずは驚いた。陣地を周回して最初の鞍部に戻り、今度は100段を超える石段に驚きながら東側の鷹ノ巣山に上ってみた。ここには海を見下ろすように低砲台の陣地が何箇所かにわたって設けられていた。地下室を持つ2階構造の砲台もあった。地下壕などは保存状態も良く今にも人が出て来そうな生々しさが感じられた。これら宮島の近代史を飾る遺跡は仲々紹介されることはないが、その規模には驚くばかりであった。

  砲台跡から北へ尾根伝いに広いダート道が延びておりやがて海岸線を周る車道に合流する。鷹ノ巣山の険しい地形に車道も標高100メートル地点位まで上がってきており、それから今度は包ヶ浦まで一気に下って行く。午後5時を過ぎて、島の東側で仕事をしていた工事関係者の車が次から次に戻ってきた。

 

 

 

 

〈踏み跡を辿って山稜部へいくと砲台跡に出る〉

〈高砲台陣地が何箇所もある〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈陣地を結ぶ通路跡〉

 

〈海岸部の低砲台陣地への石段〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈海岸部を見下ろす低砲台跡〉

 

 

 

〈二階建構造の低砲台跡〉

 

 

 

 

 

〈鷹ノ巣山の山頂の砲台跡〉

〈通路にも施設があったようだ〉

 

 

 

 

 

〈海岸部の車道と砲台跡を結ぶ尾根道〉

〈これから下って行く包が浦〉

 

 

17:31〜17:48 包ヶ浦自然公園

  午後5時を大きく回って包ヶ浦に辿り着いた。なんとか明るいうちに宮島桟橋まで着けそうな時間であった。広々とした包ヶ浦自然公園には殆ど人の姿がなかった。僅かにテニスに興じる若人の声が響いていた。朝のうちはよく晴れていた天気も、この時間にはかなり曇ってきて、折からの低温に薄ら寒ささえ感じるようになっていた。後は黙々と歩くだけである。杉之浦隧道は古い包ヶ浦隧道の方を通り、杉之浦の集落からは旧陸軍道路を採って山越えで宮島桟橋に向かった。

 

 

 

 

〈包ヶ浦自然公園〉

〈夏の海水浴のメッカ包ヶ浦〉

 

 

 

 

 

〈新旧2つのトンネルが並ぶ杉之浦隧道〉

〈宵闇の迫る頃に集結した鹿の家族〉

 

 

18:35 宮島桟橋

  旧陸軍道路にうぐいす歩道が合流する地点からは灯りが点った宮島の街が見渡せた。いよいよ長い一日の業もお仕舞いである。要害山を右に回り込んで宮島桟橋に帰着したのは午後6時30分を回った時間であった。皆さん、お疲れ様でした。

 

 

 

 

〈明りの灯り始めた宮島の街〉

〈午後6時45分宮島桟橋発の連絡船〉

 

 

 

〔山行所感〕

  永年温めていた山行計画を無事に成就出来て先ずは大いなる安堵感を感じる。陶晴賢碑のある高安ヶ原の佇まい、青海苔浦の素朴で開放的な空気は忘れ難いものになるであろう。それに、宮島の持つ奥深さ、その多様さにはまたしても畏敬に近いものを感じた。一日歩かせてもらっても、島の半分以下の地域しかカバー出来ていない。清冽な水が流れる渓流、ウリボウが走る原生林、野生の息吹を感じさせる鹿の生き様、ミヤジマトンボやヒメホタルの生息域、人に忘れられたな大規模な砲台跡・・・等々、宮島はいつ行っても、どこを歩いても不思議で楽しい島だ。

今回の山行に際しては、次の諸氏のレポートを参考にさせて頂きました。厚く御礼申し上げます。

「広島山稜会」    「六十雀の山日記」    「山で乾杯!我ら初級中年登山隊」

 

 

 

 

 

 

 

 

〈この日の軌跡〉

 

 

 

 

〔BACK〕

〔HOME〕

 

 

 

 

 

 

Ads by TOK2