<チャレンジ あさきた里山マスターズ>

後山権現が山頂に鎮座する 日裏権現山(490.3m)

広島市安佐北区安佐町

2010年7月4日(日)         チャコ&門久

 

 

 

 

 

 

 

〈権現山の山頂に祀られる日裏山神社〉

 

 

 

このところ週末になると雨模様の天気となる広島地方、この日も前々日来の雨が降り続きそうな予報であった。

当日になってその予報が何故か見事に外れて、薄日が漏れてくるような塩梅の日曜日となった。

この天気を無駄にしたくないと、もう遠出の暇はないので近場のあさきた里山を目指すこととした。

選んだ山は数多ある権現山の中でも、最も無名であるようなあさひが丘団地北側にある権現山!

山頂に日裏山神社の本殿が祀られているところから、日裏権現山と呼んでもよいようだ。

片道1時間にも満たない、将に里山らしい里山の散策となった。

 

《山行記録》

登山口駐車場10:31・・・・10:34知幾利石(御鳥喰岩)・・・・10:35日裏山神社鳥居・・・・10:42石仏・・・・10:44あさひが丘8丁目からの登山道合流・・・・10:46あさひが丘8丁目からの登山道合流A・・・・10:51「山頂まで約500m、約15分」の標識・・・・10:55十字路「←後山三区、狸城を経て教雲寺へ→」の標識・・・・11:04老杉・・・・11:12山頂台地稜線・・・・11:13日裏山神社(490.3m)11:17・・・・11:20展望所11:21・・・・11:25四等基準点C-19・・・・11:29展望所11:37・・・・11:42日裏山神社11:45・・・・12:00「「山頂まで約500m、約15分」の標識・・・・12:06あさひが丘8丁目への登山道分岐A・・・・12:15「あさひが丘8丁目10(登山口)・・・・12:24日浦小学校正門・・・・12:29登山口駐車場

〔総所要時間:1時間58分、休憩等:0時間16分、正味所要時間:1時間42分〕

 

10:31 登山口駐車場

  登山口は安佐動物園の先にあるあさひが丘団地の中にある日浦小学校の裏手。小学校の敷地を左にして団地の中を権現山の方に向かって行くと付き当たりに自動車が6〜7台は停められそうな駐車場があった。その奥から登山道が始まっていた。登山道は日裏山神社の参道そのもので、団地に沿った細尾根を北に向かって上って行き、細尾根が山頂部本体にぶつかると方向を東に変えて一気に急坂を山頂まで登る感じである。登山口から数分で背のちょっと低い鳥居に出合った。鳥居の手前に地幾利石(ちきりいし)と呼ばれる御鳥喰神事の行われる岩が鎮座していた。きれいに整備された参道を行くと、10分ほどで仏石という名の背丈ほどの石柱に出合い、すぐその先で左手からあさひが丘8丁目から上がって来る登山道が合流した(「広島市の山を歩く」でB地点とされているところ)。さらに数分行ったところにも左手から団地から上がってくる道が合流してきた(下山時にこのルートを採ることにした)。登山口から20分で「山頂まで約500m、約15分」の道標を通過した。緩やかな道は桧林へと入って行き、5分程で細尾根が山頂部本体にぶつかる地点に到達した。

 

 

 

 

〈日浦小学校裏手の登山口〉

〈「御鳥喰い岩」:ここでも御鳥喰式の儀式が行わていたようだ〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈日裏山神社の鳥居〉

 

 

〈鳥居から続く参道〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈きれいに整備された参道を登り行く〉

 

 

 

〈仏岩〉

 

 

 

 

 

〈樹間から山頂部を仰ぎながら細尾根を辿る〉

〈「山頂まで約500m」の標識〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ウラジロノキ(バラ科)〉

 

 

 

10:55 十字路

  登山口から辿って来た細尾根が山頂部本体にぶつかる所には十字路があった。左手は「後山3区」、右手は「狸城を経て教雲寺へ」とあったが、いずれも極めてローカルな地名で俄か闖入者には要領を得ない道標であった。この地点から山頂台地の頂まで急坂が続いていた。風がなく、湿気の多い登山道はまるで蒸し風呂の中のようで、身体からは絶えず汗が噴きだしていた。沿道は概して桧林で、1〜2箇所眺望が効くところがあり、あさひが丘団地やその後背の山々を望むことが出来た。路傍には幾本かの杉の老木があり、古い神社の神域らしい良い風情を醸していた。この道で、この日ただ一人お会いした登山者であった下山中の年配の単独行の男性と行き違った。十字路から15分弱で山頂台地上に出た。右にはかつて流鏑馬(やぶさめ)の神事を行っていた長く平らかな尾根筋が続き、左手直ぐ先には神社の本殿があった。

 

 

 

 

〈十字路からから山頂部への急坂が始まる〉

〈陽が射し始めた桧林を登る〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈桧の樹間に武田山、火山を遠望する〉

 

 

〈桧林の中に続く急坂の登山道〉

 

 

 

 

 

〈登山道に老杉が現れた!〉

〈老杉を見上げる!〉

 

 

 

 

 

〈頂上台地に登り切る〉

〈かつて流鏑馬の儀式の行われた頂上台地上の参道〉

 

 

11:13〜11:17 日裏山神社(490.3m)

  この権現山の山頂台地は東西方向に2〜300メートル続いているようで、その西端に日裏山神社の本殿が祀られていた。地形図では山頂台地の東端辺りが標高488メートルと記されているだけだが、神社本殿が建つ辺りが最も標高の高い所のようで「広島市を歩く」(中国新聞社)ではここを標高490.3mの山頂としている。境内には神社の由緒が紹介されており、屋島の戦いに敗れた平家の落人がこの地に隠れ住んで神社を祀ったとされている。「後山権現」がこの神社の別称で、この山名の起こりのようである。本殿の裏手から北西に延びる尾根上に展望所があり、更にその先に三角点があるとの道標があったので行ってみた。ほんの数分の所に展望所があり、その先の三角点をめざしてみたが、標高445.5メートル地点までドンドンと下って行くので次のコブで引き返すこととにした。

 

 

 

 

〈山頂に建つ日浦山神社〉

〈ウツボグサ(シソ科)〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈平家落人伝説を秘めた「日浦山神社由緒」〉

 

 

 

 

 

 

〈「展望所、三角点」の標識に導かれ老桧の繁る北尾根を行く〉

〈展望所を一旦通過する〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈四等基準点〉

 

 

〈桧の美林を展望所へ登り返す〉

 

 

11:29〜11:37 展望所

  展望所に引き返して暫し休憩を取りながら、あさひが丘団地を中心にした眺望を楽しんだ。正面にあさひが丘団地と荒谷山の大眺望が開け、その左右に野登呂山から東郷山にかけての峰々が拡がっていた。武田山から大茶臼山にかけての連山の更に先には、広島市街地や瀬戸内海の島々も眺める事が出来た。正午近くになって、一部青空も見えるようになり、空気の透明度も上がってきてこの時期とすれば随分と遠くまで見えていた。暫しの休憩の後来た道を引き返すこととした。神社裏で昨年の猿政山以来のミヤマシグレの花に出合うことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

〈展望所からあさひが丘団地とその後背の荒谷山を眺望する〉

 

 

 

 

 

 

〈南方の野登呂山、武田山、火山、大茶臼山方面を遠望する〉

〈西方の東郷山、阿弥陀山、岳山方面を望む〉

 

 

 

 

 

〈北尾根を覆う老桧〉

〈日裏山神社に返って来た〉

 

 

 

 

 

〈ミヤマシグレ(スイカズラ科)〉

〈マムシグサ(サトイモ科)〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈老杉の並ぶ参道を下る〉

〈如何にも老練そうな枝ぶりである〉

 

 

12:06 あさひが丘8丁目への登山道分岐

  十字路を過ぎて緩やかな細尾根に移りそこを下りつつ、上りに出合った2番目の団地からの登攀路を採ってあさひが丘8丁目に下ってみることとした。この2番目の分岐からの道についての予めの情報はなかったが、団地まで直近の位置であるのでそう心配することもないであろうと踏んでの決心であった。尾根道からの取り付きはきれいな登山道のようであったが、これは雨水の悪戯のようであった。雨水の流路を外れると俄かに羊歯やブッシュのうるさい道となり、等高線に沿って山を巻くように緩慢に下って行った。倒木が累々とし始めると踏み跡は極めて薄くなり、ピンクのテープを頼ってやがて方向転換をして狭い谷間の急傾斜地を下って行くようになった。滑り易い急坂であったが、踵に体重をかけて下っていくと直ぐにやや荒れ気味の谷底に到達出来た。そのまま谷筋を下っていくと倉庫の陰から団地の中に飛び出した。「あさひが丘8丁目10番」の標識のある地点であった。ここからは団地の東端の法面の下の道を登山口まで歩くだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈踏み跡然とした道をあさひが丘8丁目へと下る〉

 

 

 

〈細尾根筋の道を右に外れて・・・〉

 

 

 

 

 

〈倒木累々とした荒地を抜けて〉

〈踏み跡薄い桧林の急斜面を下る〉

 

 

 

 

 

〈谷筋の倉庫裏から団地に出た〉

〈あさひが丘8丁目10番の法面〉

 

 

 

 

 

〈日浦中学校から団地内〉を望む〉

〈日浦小学校の敷地を回り込んで登山口に向かう〉

 

 

12:29 登山口駐車場

  日浦小学校の敷地は山に接しており、下山口から続いていた法面の山肌沿いの道はそこだけ途切れていたので小学校の敷地を4分の3周するようにして登山口の駐車場へ還ってきた。駐車場には相変わらず我が愛車が停まっているだけであった。この日午前中の登山者は、山頂台地への急坂でお会いした単独行者と我々だけの2組3人であったようだ。

 

 

 

 

〈駐車場のある登山口に戻る〉

〈あさひが丘団地から日裏権現山を見上げる〉

 

 

〔山行所感〕

   悪天の筈であった週末日曜日に想定外の梅雨の晴れ間が訪れて、どさくさながら「あさきた里山」への挑戦にシフトを入れてみた。日裏権現山は気になることがなくはなかったが、まあこんな機会でもなければ登ることのない里山であったと思う。しっかりと整備された参道(登山道)は、地元の人達によってこの山が護られていることを物語っていた。そこを歩かせて貰うことに先ずは感謝せねばなるまい。そして、頂にある神社は、地域社会がパワーを誇っていた時代には、流鏑馬や御鳥喰式などの行事も随分と賑やかで人出数多の祭が行われていたことが推察出来た。こうした事象や過去の栄光の跡に出合えるのも里山の魅力であると思う。「あさきた里山」はまだまだ沢山残っている。

 

 

 

 

 

 

 

〈この日の軌跡〉

 

 

 

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