長く険しい尾根筋を笹原の峰へ 堂ヶ森(1,689.0m)

愛媛県上浮穴郡久万高原町・西条市丹原町

2011年7月17日(日)     チャコ&門久

 

 

 

 

 

 

                                  〈北面から霧立つ鞍瀬の頭を望む〉

 

 

 

週末から海の日へと続く3連休の中日に、四国は石鎚連峰の堂ヶ森へ登った。

険しい四国山脈への取り付きは厳しいが、

長く険しいアプローチを乗り切ると、頂稜部がクマザサの平原となった堂ヶ森が現れた。

たおやかな笹原の山にはいつも心癒され、つい何処までも行ってしまいたくなったりする・・・・!

この時節の頂稜はササユリロードと呼んでもよい程に笹原にササユリが咲き誇っていた。

台風6号の接近で霧立ち昇る峰に可憐な花園、心の故郷に還って来たような趣きでもあった。

 

《山行所感》

相名橋詰8:23・・・・8:30梅ヶ市登山口・・・・8:38旧登山道と合流・・・・8:49新登山道分岐・・・・9:13尾根に乗る(衣類調整)9:17・・・・9:56休憩10:01・・・・10:41 1458mピーク・・・・10:51保井野分岐・・・・11:34南の肩11:43・・・・11:46堂ヶ森(1,689.0m)(昼食)12:38・・・・12:40南の肩・・・・12:56愛媛大学山岳部堂ヶ森避難小屋13:06・・・・13:31南の肩・・・・14:01保井野分岐・・・・14:12 1458mピーク・・・・14:41休憩14:49・・・・15:39新登山道分岐・・・・15:59梅ヶ市登山口・・・・16:05相名橋詰

〔総所要時間:7時間42分、昼食・休憩等:1時間28分、正味所要時間:6時間14分、歩行距離:10.7q、累積標高差:±1,229m

 

 8:30 梅ヶ市登山口

日帰り登山の場合、堂ヶ森への登山口は西条市丹原町の保井野(ほいの)か久万高原町の梅ヶ市(うめがいち)のどちらかであろう。いずれも急坂登りを強いられるが今回は幾分なりとも標高差の少ない後者とした(保井野:約1,100メートル、梅ヶ市:約900メートル)

 

国道11号線から東温市則の内(最寄りの高速道ICは松山道川内IC)で国道494号線に入り、ヘヤピンカーブの連続する難路で黒森峠を越え笠方(かさがた)の集落に降りた。交差点を左折してなお国道494号線で一つ尾根越えをすると梅ヶ市への県道が左に分かれていた。狭隘な県道を約1.5キロメートル梅ヶ市の集落を抜けて谷間に入って行くと、道路右側の草叢に登山口の道標が立っていた。対面に駐車場だったらしい草茫々の広場があったが、入口には大きな岩が置かれケーブルも張られていて中には進入出来なかった。付近で駐車場を探したが、集落の空き地にはどこしもロープが張られており先ず駐車不能であた。登山者に来て欲しくないということであろうか!ちょっと奥まった舗装道路がダートに変わる所に自動車2台が停められそうな膨らみがあったが、先客の1台がそこの中央部を占拠しており、2台目を停めるのは無理であった。仕方なくダートの道を奥へ数百メートル入って行くと、相名橋という小さな橋の袂に何とか駐車スペースを見付けることが出来た。

 

  梅ヶ市登山口は昭和45年に石鎚スカイラインが開通する前までは石鎚山への登山口の一つとして賑わったが、今では登山者を迎えようという基本的なスタンスが感じられない寂しいところとなっていた。かつては梅ヶ市の集落の入口の橋を渡ったところが登山口であったが、今では集落を過ぎた奥まったところに移っていた。六分峠に上がる谷間の登山道が台風で崩落して、尾根筋を上る新登山道が拓かれたことが関係しているかも知れないが、詳細はよく分からない。その奥まった登山口から草が伸びた林道に入って行った。ホタルブクロやオカトラノオ、ウツボグサなどの山野草を眺めながら進んで行くと、10分も経たないうちに右からかつての梅ヶ市の集落を抜けて来る林道の登山道に合流した。背の極めて高い杉林の中に延びるその林道を奥へと進んで行くと、約10分で新登山道が左へ分岐していた。

 

 

 

〈登山口〉

〈ヨイマチグサ〉

 

 

 

 

〈草で覆われた林道を行く〉

〈ホタルブクロ〉

 

 

 

 

〈オカトラノオ〉

〈オトギリソウ〉

 

 

8:49  新登山道分岐

  林道から分かれた新登山道は杉林の中を直ぐに急坂となって堂ヶ森から西に延びる尾根上に向かって上り始めた。登山口で会ったもう一組の夫婦登山者にここで先を譲った。20分余りで尾根上に上がったので「ヤレヤレ」と思ったものの、その先の尾根道もそれまでと同様の急坂続きで堂ヶ森登山の厳しさを知ることとなった。緩急がないわけではなく、暫し水平な尾根道を辿るのは楽しかったが、概して言えば1,458mピークまでは急坂の道が殆どであった。それも深い森を感じさせる杉林の中を行く道であった。1,458mピーク近くになって、やっとブナの尾根筋になり気持ちを一新させることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈新登山道が林道から左に別れる〉

 

 

〈暫し杉林の急坂を登る〉

 

 

 

 

〈杉林の尾根筋を登り続ける〉

〈入山して初めて見た空には脚下から霧が立ち昇っていた〉

 

 

 

 

〈深い杉林を抜けるとブナの森が拡がった〉

〈バイケイソウ〉

 

 

 

 

〈ツリフネソウ〉

〈キツリフネソウ〉

 

 

 

 

〈ノアザミ〉

〈ヨツバヒヨドリバナ〉

 

 

10:41 1,458mピーク

  西面に咲くツリフネソウなどの花々を愛でながら1,458mピークを越えると、目の前にクマザサの平原が拡がり、その先に電波反射板が頂に建つ堂ヶ森が望めた。振り返ると上ってきた谷の反対側に東温アルプスの東の盟主の石墨山が鎮座していた。ここからは堂ヶ森南面の広々とした笹の斜面を山頂に向けて徐々に高度を稼いで行くこととなった。眼下には面河ダムの水面が望め、その先には大川嶺などの山並みの大眺望が拡がっていたが、その頂稜部分は雲に隠れて確認することが出来なかった。1,458mピークから約10分で左から保井野からの登山道が合流した。尾根の北面を上ってくる険しい道である。その先もクマザサの斜面を緩慢に上り行く道が続いたが、下界が猛暑日となったこの日は山上でも暑く少々バテ気味となるくらいに気持ち以上に時間がかかった。特にチャコの調子がいまひとつであった。ただその笹原に沢山のササユリの花が咲いていて、それらには心の安らぎを感じることが出来た。やっとこさ南の肩に着いて、北面から霧の立つ鞍瀬の頭(五代の分れ)やウラジロモミの白骨林などの新しい景観を得て気持ちをリフレッシュした。そこから山頂は直ぐであった。

 

 

 

 

 

 

 

           〈1,458mピークを越えると笹原が拡がり、堂ヶ森のピークが望めた!〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                     〈眼下には面河ダムが望める〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈笹に埋まりそうな道標〉

 

 

 

〈笹原の中を堂ヶ森に向かう〉

 

 

 

 

〈堂ヶ森南面のクマザサの原〉

〈辿って来た尾根道の先に石墨山を遠望する〉

 

 

 

 

〈保井野分岐〉

〈頂稜部はササユリロードの趣き!〉

 

 

 

 

〈なかなか山頂には到達しない・・・!〉

〈振り返れば重畳たる四国山地の山並み・・・!〉

 

 

 

 

 

 

 

 

                                〈南の肩付近のウラジロモミの白骨林〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈南の肩から反射板の建つ堂ヶ森山頂を見る〉

 

 

〈ササユリ咲く道を山頂へ!〉

 

 

11:46〜12:38 堂ヶ森(1,689.0m)

  電波反射板の足元の堂ヶ森山頂にはかなり広い山頂広場があり、そこに10人ほどのグループの姿があった。三等三角点のある山頂で、そこから松山平野の大眺望が得られる筈であったが、この日は霧の底に沈んでいた。台風の影響であろうか、強い風の渡る山頂からは東に霧で北側が隠れた鞆瀬ノ頭(五代の分れ)、南面は全面、西は石墨山までの眺望が得られた。西ノ冠岳や石鎚山の姿は残念ながら霧の向こう側であった。当初は五代の分れから更に二ノ森まで足を延ばそうかとも考えていたが、この霧立つ眺望や暑さの中での体調を考えてこの日は堂ヶ森までと決めて、山頂でゆっくりとすることにした。

 

 

 

〈三等三角点の建つ堂ヶ森山頂〉

〈反射板越しに面河ダム方向を望む〉

 

 

 

 

〈西方の松山方面は霧の下〉

〈谷向うに対峙するのは石墨山、その背後に皿ヶ嶺が覗く〉

 

 

 

 

 

 

 

 

                                       〈霧の中に西ノ冠岳が覗く〉

 

 

 

 

 

〈ササユリ咲く笹原と白骨林〉

〈ササユリロードを辿って避難小屋へ向かう〉

 

 

12:56〜13:06 愛媛大学山岳部堂ヶ森避難小屋

  下山の途に就く前に飲料水の残量にやや不安があったので、東斜面にある避難小屋に立ち寄って水場で水を補給することとした。山頂から東面の笹原を下ってテン場を経由して小屋に辿り着いたが、その間の笹原にも沢山のササユリの花が咲き、まるでササユリロードといった風情であった。愛媛大学の避難小屋が新装なったと聞いていたので、それも見ておきたかった。物置棟も新設され、瀟洒で素晴らしい小屋に生まれ変わっていた。ちょろちょろと流れる水場で何とか水を補給してから、来た道を引き返して下山の途に就いた。堂ヶ森東面から南の肩を越えて南面に出ると、遙か南の大川嶺や中津明神山の眺望が見事に開けていた。

 

 

 

〈新しい愛大避難小屋〉

〈避難小屋付近から堂ヶ森山頂部を仰ぎ見る〉

 

 

 

 

 

 

 

 

                  〈ウラジロモミ林越しに霧立ち昇る鞍瀬の頭方向を仰ぎ見る〉

 

 

 

 

 

〈南の肩付近から霧立つ下山路方面を俯瞰する〉

〈午後になって、大川嶺方面の眺望が得られた〉

 

 

 

 

〈中津明神山も姿を現した!〉

〈ノリウツギ〉

 

 

 

 

〈アクシバ〉

〈下山の途に・・・!〉

 

 

14:12 1,458mピーク

  堂ヶ森南面の笹原を対角線状に下り、保井野分岐を過ぎると直ぐに1,458mピークであった。ここからは、樹林の中の尾根歩きとなった。下り行く程にその傾斜の厳しさに驚くばかりであった。よくぞこんな急な所を登ってきたものだと自分達の頑張りに感心したりした。深い森の中を下る長く険しい新登山道から林道に出ると、もう梅ヶ市登山口は近かった。

 

 

 

 

 

 

 

                         〈手前は1,458mピーク、背後に石墨山が控える〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                            〈堂ヶ森の稜線部に立ち昇る北面からの霧〉

 

 

 

 

 

〈堂ヶ森南面もここで見納め〉

〈黒森峠〜青滝山への稜線を望む〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈森の中にアサギマダラが舞っていた〉

 

 

〈モミとブナの混淆林を行く〉

 

 

 

 

 

 

〈深い森を抜けて・・・・!〉

〈林道まで下れば登山口は近い〉

 

 

15:59 梅ヶ市登山口

  7時間半を超える山行を無事に終えて梅ヶ市登山口に下った。登山口近くの道路の膨らみに停めてあった先客の車はもうなかった。荒廃感の漂う登山口、ロープやワイヤーでガードされたような登山口近くの空き地や路側を見るにつけ、登山者として一抹の寂しさを感じた。登山者と地域の人々との不協和音が聞こえてくるようであった。残念なことである。

 

 

 

〈ネムノキ〉

〈梅ヶ市登山口〉

 

 

〔山行所感〕

  冒頭に「心の故郷」と記したが、今回の山行はセンチメンタルジャーニーでもあった。まだ門久が若かりし高校生の頃に、友人と最初に登った四国山脈の峰がこの梅ヶ市からの堂ヶ森であった。愛大小屋に一夜の宿を借りて、翌日は石鎚山に縦走したと記憶している。悪路で有名であった黒森峠を越えるのも、面河渓に下ってから松山に出るのもヒッチハイクであった。あの時代は、まだ本格的なモータリゼーションの時代でもなかったが、比較的簡単に車に乗せて貰うことが出来た。まだ人が人を信じることが出来た時代であった。

  そんな感慨を持つ堂ヶ森であったが、山自体は静かで昔ながらの素朴さが残っていた。白石小屋の姿はもうなく、石鎚山登山の中継地としての色彩はもうとっくに消えて、今は石鎚連峰の西の端のローカルな山としての位置付けであることが納得出来た。広々とした笹の平原など今もなお美しいこの山をベースにして、また石鎚山に向けて歩いてみたくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

〈この日の軌跡〉

 

 

 

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