「VIEW」
今回のテーマは、ものの見方。
人と人がお互いに接することは人間にとってある意味、
避ける事の出来ない宿命のようなものである。
その最たるものが、家族である。
生を受けたり、家庭を築いた時に父親や母親、兄弟、姉妹等の、
肩書きを与えられるのである。
このような事を我々は至極当たり前のように受け入れているわけであるが、
人は、「私は他人からどのように自分を見られているのか?」
「自分は他人をどのように見るのか?」
ということに、生きていれば必ず突き当たる疑問であろう。
元来、人は他人から自分を良く見てもらおうという傾向にあると思う。
それは、自慢や見栄であったり、自分の成したことを認めてもらおうといった事に表われている。
そして、それらが我々の住む社会、あるいは、文化というものを作り上げているのだろう。
人は認め、認められる存在なのである。
人にとって、ものの見方は様々である。それが普通である。
だから、同じものでも人によって全く別の見え方をするのかもしれない。
その逆もまた然りである。
これが、人間同士となると、少々厄介である。
果たして、本当の自分はどれであるのか?
相手の本当の姿はどれであるのか?
ものの見方を考える事で、自分という人間を見つめ直す事に繋がるのである。
○二つの視野
「私は目に見えるものしか信じない。また、私は事物に対して慎重である。
責任感は強いが、自分の世界を広げられるかどうかは、
すべて自分の行動力にかかっているのである。」
このような人間の視野を「形而下的視野」と言う。
「私は自分の心により素直である。また、常に私の心は外に向いているのである。
自分の心は豊かであるかもしれないが、
心に素直である事はある意味、無責任に繋がるかもしれない。」
このような人間の視野を「形而上的視野」と言う。
両者は極めて対照的である。
だが、両者は「世界」という共通の志向を持っているのである。
さて、人間の目指す世界とは何であろうか?
大半の人はこう答えるであろう。−平和な世の中−と、
しかし、これは理想でしかない、実現は不可能であろう。
もちろん、私も平和であることは素晴らしいことだと思っているのである。
だが、人間は完璧ではない、人は何よりも自分のことを優先するだろう。
(例外はあるかもしれないが)
そして、我々は「資本主義」という世界に生きているのである。
これは、争いを生み、人間性を失わせる危険性を含んでいる。
ある人も言っている。
「資本主義は人類の考え出した最低のものである。」
だが、この人はこの後にこう付け加えている。これで、我々は少しは救われているだろう。
「しかし、今までの人間の考え出した他のものよりかは、ましである。」と、
我々は、この主義の恩恵を受けて生きているのは確かである。
今更捨てるわけにはいかないのだ。
○善と悪
この世は善と悪の微妙なバランスの上に成り立っている。
自分は誰よりも善いことをしていると勘違いしているかもしれない。
純粋な悪よりもこの事の方がはるかに危険な事であろう。
まわりの情報がすべて真実とは限らない。
10人中9人が白と信じているものが実は黒であったりする事もあるかもしれない。
善と悪のバランスをより確固たるものにしていくには、
我々人間の叡智にかかっているのである。
冷静な判断・慎重な行動・適切な言動
これら3つの知性は、人間にとって最大の武器である。
世界は断続的に変化をしている。
その変化に対応したバランスを見出すためには、
新たな叡智を作り上げて行かなければならないだろう。
○パラレル・ワールド?
先で世界を善と悪の面で捉えた。
我々の世界は日によって様々な見え方をするのである。
イヤな事があった時、うれしい事があった時。
その時々で世界の見え方は全く違ってくるのである。
形而下的に見れば、その一つ一つを世界として認識するのか?
その逆に見れば、自分の心を見つめ直して自分がこれだと信じる世界を認識するのか?
これは、ある意味、人の生き方そのものに通じる事だと思うのである。
両者の見方どちらも世界は確実に存在しているのである。
人間にとって世界とは一体何なのであろうか?
自分が人をどのように見るのか?
人が自分をどのように見ているのか?
これは、究極的に、お互いの「世界」をどのように捉えるのか?
ということに行き着くと思うのである。
家族・友人・仲間・恩人・パートナー・・・・
我々の社会は様々な繋がりの中で生きている。
それらは、それぞれ共通の世界を持っているのである。
「人間は一人では生きてはいけない。」と言うが、
別の言葉で言えば、
「自分の世界だけで人生を終える事は不可能だ。
他の人々の世界もあなたには必要だ。」
と、言えるのではないだろうか?
生きる事はつらい事かもしれない。
私のような若造にはまだ分からない。
だが、我々には世界を認識するための知性・感性を持っている。
人間として生きる事は何と素晴らしい事だろう。
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