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遠出する足が、自動車から自転車に変わった。 理由は簡単。自動車事故だ。昼夜逆転のなかの朝六時、私の住んでいる福山市・幕山台から裏山を下って国道二号線に出る市道で、巾員減少の箇所で意識を飛ばしてしまい、そのまま仮設ガードレールへと衝突した。 それに近い危険な走行は何度かあった。 国道二号線を走りつつ、赤信号を意識しながらも先頭で右折レーンに入った私は、「停止線は右折信号待ちの停止線だなあ」と判断し、そこまで行こうとした。が、途中で、「赤信号では横断歩道の手前の停止線じゃないか!」と意識が戻り急ブレーキ。あげく、停まったのは横断歩道のドまん中。幸い夜だったために人通りもなく、難を逃れた。 もう一つ。これも国道に関する処だ。 国道二号線を中心に、五叉路になっている箇所があり、信号のサイクルは国道→片方向の細道→そして先程の対面の市道となっており、何を勘違いしたのか市道の先頭にいた私は、「国道が赤になれば国道二号線にGOだな」と、これまた片方向にある細道の存在を忘れてしまい、国道の信号が赤になった時点で車を発進・右折させた。そして結果は……細道から出てきた車のクラクションで我に返り、危うさと焦りで国道を走る車となった。 これまでにも無意識のうちに交差点を走り抜けてしまったこと無数。そして四年間の今まで服用している薬にも、「車の運転や高所の作業にはじゅうぶん注意して下さい」との注意書きがあったけれど、こんな田舎町(とは言っても四十万人の人口だ)では車が無いとやって行けないし、デザインの傍ら看板施工もやっているので高所作業もある。 今回の事故では周辺住民の皆さんや、友人知人に大変な迷惑をかけてしまい、申しわけが立たぬ。初めてエア・バッグの味も味わい、二十年ぶりの意識混迷に陥り、加えて私は左半身にひねりや打撲の怪我を負っただけで命に別状はない。これでは皆には顔向けができない。 自問自答もできない。ただ誰かが言う。「お前はこの世の汚濁や辛酸や混迷を舐め尽くせ。そのために生き続けろ」と。そしてその誰かは続ける。「失うものがあると同時に何かしら得るものもあるのだ」と。 (2006年8月21日) |

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