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2006年ももうすぐ終わる。今年は大きな波風の多い年だったので、ちょっと振り返らせてもらう。 年の初めは友情の終わりから始まった。時々ギターと音楽について教えてくれる、年嵩の友人、その人の期するところに応えられず、互いの友情を私から壊してしまった。 それでも、彼から奨められたライブハウスへと定期的に通ううち、人との繋がりが多くなり、自然、依頼事(決して「仕事」とは言えないし、言わない)も多くなった。これは良い事だろう。 五月には昨年結婚した友人に子どもが生まれた。小子化云々よりも、命をつむぐことの大きさを見せてもらい、実に喜ばしいことだ。 けれども得てして害は我が身に降りかかるもので、八月に車での自損事故をおこし、廃車にさせてしまう。そして九月、東京に住む友人の結婚式を前にし、自転車で坂道を下っている時に車と接触して重軽傷を負い、四十日の入院生活を送ることとなった。結婚式披露宴の入り口を飾る、大事な、ミラーエッチングのウェルカムボードを引き取りにゆく途中のことだった。 友人から頼まれていたウェルカムボードの納入は間に合ったけれども、当然のことながら式には出席できず、メールメッセージで終わった。仲間とも会えず、花婿はどうでもいいとして花嫁の姿も見られなかった。 入院生活も波風が多かった。友人たちが絶える事なく見舞いに来てくれたのは良いけれど、元々トラブルシューターの職分だったので、特に看護師たちのアラが目についてしまい、むしろ私が病院の心配をするという、ちょいと不安な入院生活だった。一通りの注意はしておいたので、今では良くなっているだろう。 入院と前後して、ライヴのチラシやステッカーの制作を手掛けさせて頂いた、マンドリンとギターのブルーグラス・コンビが、CDをリリースすることとなった。これは喜ばしいことだろう。 目下、私はそのジャケットのデザインに没頭している。 えてして絵やデザインや看板の評価は、それを見た人から直に頂くことなど滅多にない。時々お店に行き、飲み食いしながら、ご主人や女将さんからお客さんの入り具合を聞くのが精一杯だ。しかもそれとて、「新顔のお客さんがぽつぽつ入って来るようになって、良かったよ。やっぱり看板がいいといいね」といった具合だ。けれども、それを聞くだけでもほっとする。 そうこうしているうちにカレンダーが十二月となった日に、これまた神奈川に住む友人から、女児誕生のメッセージを貰う。 普段、「絵描きで釣り師でギター弾きのへんなおぢさん」として、近所の子どもたちと遊んでいる身である。今日も鬼ごっこを楽しんだ。 先日、幼稚園の年長の男の子が誕生日を迎えたので、その子の写真をレタッチしたフォト・マグカップをプレゼントしたなら、お父さんと取り合いになってしまった。結果、今はお父さんが会社で使っているというので、その子のためにもう一つ作ることにした。クリスマスかお正月には間に合うだろう。この冬は冷え込みそうだ。そのマグカップで、ホットミルクでも飲んでほしい。 子どもは可愛い。 私は独身であり子どももつくったことがないので、実子ある身は分からない。けれども甥っ子姪っ子はいるし、先ほど書いたように、子どもたちの遊び道具になっている。 時々、近所の公園でギターの練習をする。と、これまた時々、中高生たちがたむろして煙草をふかす。そこで「へんなおぢさん」は、彼らの元へ行って注意するのである。「煙草云々はとやかく言わないけれど、ポイ捨てはいかんぞ」と言いながら、携帯灰皿を渡して練習に戻る。彼らは一様にびっくりし、「さっきのおっさんとはえらい違いじゃなあ」と呟くのが聞こえる。 意志ある育ち方をしてほしい。子どもたちに対しては、正直、そう考えている。 もうすぐ年が変わる。出来得ることであれば来年は、私自身はともかくとして、皆に幸あらんことを願っている。何故なら、皆の幸せは私の幸せであるからだ。 (2006年12月6日) |

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