〜ボブ・グリーン〜
 
優しさだけではない。アイロニーや偏見も含ませつつ、
アメリカとアメリカ人の持つ多面性を切り出す。
 

著者について
 1947年生まれ。戦後派、いわゆる「ベビー・ブーマー」世代であり、「Just Say NO!」(何にでも反対する)世代である。
 大学時代(1986〜1990年)、『週刊プレイボーイ』に連載されていたコラムで初めて知る。蛇足だが、この当時の『週プレ』のコラムは気合いが入っていた。開高健の『風に訊け』を始め、今東光、野坂昭如らに書かせ、青年週刊誌には異例の出来だった。当時の編集長は島地勝彦氏だったと思う。
 
 一般に、ボブ・グリーン評は「温かい眼差し」云々と言われているが、多少の疑問を感ぜずにはいられなかった。いつ頃気がついたかは分からない。しかし、それぞれの作品の持つハートウォームな面の裏側、昨今の流行り言葉で言う「癒し」とはまるで別の匂いを感じていた。その、何かは分からないべたべたした甘さのない裏側に魅力を感じていた。それ以来、その疑問符の要因を探す読み方になってなってしまった。ひねくれ者の読み方だと言われればそれまでだが、しようがない。
 そんな時に、ちょうどよい文面をみつけた。グリーン自身がコラムの中で語っているものだ。
「皮肉。コラムはそうあるべきものである。皮肉なのだ。」(『アメリカン・タイム』より)
 もちろん、本人が心底そう思っているかどうかは分からない。しかし、著述の中で語られているものなので、少しは(大いに?)信じてもいいのではと思う。
 これなのだ。我々が心の中に抱いているちょっとした負の面、やっかみや、嫉妬、妬み、怒り、悲哀、怠惰、傲慢、温かいばかりではない世相を取り込み、坩堝で溶かして作品の鋳型に流し込む。彼の書く姿勢と相まって、作品の質を高めている要因の一つであるとみている。
 この一言で、それまで抱いていた疑問符を少しばかり晴らすことができ、同時に彼の持つ文面の裏側や側面を味わえるようになった。優しいだけではない、作品の持つ側面が人を引きつける魅力となっているのだと思う。
「興味を引くことがあれば街に出ていき、それについて書く」「誰に会ったか、どんなことが起こったか、仕事が終わった後の酒場で人に聞かせたくなるような話を書くように努める」この明確な姿勢があればこそ、この文体であると思う。人は何であれ、どんないい加減な生活を送っていても、何がしかの指針を持っておいた方がよい。
 肌の会う人から薦められた本は、どこかその人にも似て親近感を抱かせたり好ましい気持ちにさせられる。こういう事をやっているのに逆説的なことを書くが、インターネット上で薦められている本をどこかで好ましく思えないのはその所為かもしれない。この事を念頭において、そして棚に上げて発言するのだが、一度はこのコラムニストの作品を読んでおいて損はないと、静かに言いたい。
 尊敬するライターはトム・ウルフというのは現代アメリカ的で密かに好感がもてる。『THE LIGHT STAFF』は私も好きだ。
著作 読後感
『街角の詩』
Johnny Deadline,Reporter
 
香山千加子 訳
新潮文庫
1992年 刊
 1976年に出版された「Johnny Deadline,Reporter」の日本語訳。
 『シカゴ サンタイムズ』に連載されたコラム集。初期のコラムらしい、良い意味での気負いと若々しさが感じられる。
 学生時代のクセの名残りだろうか、著名人について書いたものよりも、市井の人々について書かれたものの方に鮮やかさが感じられる。障害を持つ学生、ある告白をする本屋の主人、人知れず死んでゆく老人、コラムニストに宛てて手紙を出し続ける少女、密かに学位を授かるブルーカラー。彼らと彼らを取り巻く人間と世相を切り取り、誰にでも見られるような皮肉や偏見をほんの少し織りまぜ、諭すようでもなく、べき論を振りかざすようなこともせず、静謐を目指しつつなお、後ろに夥しいものが溢れている。
 時事ではなく人を中心に取り上げ、細密ではなく印象を我々に伝えようと心掛ける。木炭で描かれる肖像のように柔らかく、暖かみがあり、しかし描き手は少し引きぎみに、対象に没入する事なく描ききる。
 好きずきで書かれたエッセイや、思い入れたっぷりの文章を頻繁に見かける昨今、こういう紙一重の味わいを持った作品がもっと読まれても良いと思うのだが。これは偏見か?
『チーズバーガーズ 1』
 
井上一馬 訳
文春文庫
1993年 刊
 1986年に出版された『チーズバーガーズ―ザ・ベスト・オブ・ボブ・グリーン』からの抜粋/翻訳されたものである。
 訳者が当時二十八歳ということもあり、ドラマチックに描こうとしているのだろうか、行間の狭さを感じる。それがスピード感であるのは分かっているが、少し頂けない。グリーンの魅力は行間や語り口の裏側にあると思うのだが、どうだろう。
 書く姿勢は一貫して変わらないが、『Johnny Deadline,Reporter』『アメリカン・ビート』を経て、円熟味がついたような気もする。それは、過去を振り返った作品が多くなる所為だろうか。高校時代の仲間との再会、大学時代の友人の死、遠く離れた故郷を胸に憶う時など、ようやく過去の自分と日々を客観的に受け止める事ができるようになって初めて描けるものが目立つ。
 加えて、アメリカ的なもの、あるいは保守的なものについての著述が目立ち、それらを知らないと愉しめないものもある。アメリカ南北戦争以前の、テキサス州(共和国)独立戦争時の砦について描き、米国最大のバット・メーカーの100周年記念自筆サインモデルを手に入れ、子供の靴のブロンズ塗装を長年営んでいる会社を描く。
 過去を振り返るとともに、いささか保守的な事物について書くことは、多少なりともウェットになりがちだが、客観性とのバランスをうまく取っていると思う。
 初めてのコラム集の出版から十年を経た歳月の恩寵だろうか。
『アメリカン・タイム』
 
菊谷匡祐 訳
集英社
1988年 刊
 『週刊プレーボーイ』1986年9月16日号〜1987年9月27日号に連載されたコラムを収録したものである。
 グリーンの文体には、この菊谷氏の訳がいちばんかっちりとはまっている気がする。
 編集部からグリーンに、どういった注文があったのだろう。なかったのかもしれない。これまでとは少し異なり、グリーンの周辺の出来事について多く書かれている。
 スプリングスティーンを好きになれず、40歳になる憂鬱を感じ、女性がジャンボ機のパイロットを努めるのを何となく嫌がり、飛行機の搭乗音楽に興味を示し、8歳の女の子が編集長を務める家族新聞に思いを寄せる。
 彼が好ましいと感じるものが全て、我々の心に響くとは限らない。アメリカ的なものを色濃く伝えるグリーンのコラムが受け入れられるとは限らない。どこの世界でも同じだろう。しかし、この垣根を越え、彼の触手に触れて文章となったものは、生き生きと読み手に伝わってくる。そしてそれは、どんなに好ましい話でも耽溺させることはなく、どんなに悲惨さを滲ませていても安易な憐憫を起こさせることはない。
つんどくよんどく
 『アメリカン・ドリーム』『アメリカン・ヒーロー』『チーズバーガーズ 2〜4』『アメリカン・ビート 1・2』。小説やルポは余り読む気がしない。やはり、この人の魅力はコラムにあるなと、思う。


 

 

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