■当日のデータ■

日時:  2002年8月31日(土) 午前6時00分〜午後1時30分
場所:  静岡県伊東市・手石島/北村根・中手石島
天候:  晴れ 気温37度 風速2〜7m 南の風
潮況:  小潮・東京港芝浦標準(干潮:3時44分〜満潮:10時16分〜
     干潮:14時51分)
     水温25度
メンバー:境本氏・清水氏・上塘氏・木原
対象魚: イシダイ・イシガキダイ

■プロローグ■

 うつ病はだいぶ軽くなってきたのだが、この夏はずっと家にこもりきりだったので体力が落ちている。もともと動かないと筋力が落ちてくる体質なので、今回の釣行はあまり気が進まなかったのだ。この間の釣行の後も、三日間寝込んでしまったし……。しかし、気分転換もかねて、釣れても釣れなくてもいいという気持ちで行く。加えて、夢幻極潮会の総帥である境本氏が遥々大阪から出向いてきてくれたのだ。これは行かねばなるまい。
 午前二時、清水家を出発する。今日のエサ購入先は真鶴駅横の青木釣具店である。予約していたウニ三十個とヤドカリ二十個、サザエ3.5kgを購入した。
 ヤドカリがあったのは幸いだ。サザエの突き漁で間違って捕られてしまった物が入ってきたのだろうか。何にせよ嬉しいことだ。普段、ウニは扱い辛いと思っているタチなので、サザエで寄せてヤドで喰わせる旨をひそかな信条としているのだ。

■釣況■

 今日の田中丸の渡船客は、なんと、我々だけだ。これ幸いとふだんは上物師で賑わう尾根に行くが、台風の余波で風波がきついのと、これから満潮を迎えるので乗らない方が良いとの安全判断。加えて尾根はダイビングの好ポイントにもなっているので、釣り師とのトラブルも多少あるそうだ。
 結局、境本さんと清水さんは北村根に、上塘さんと私は中手石島の野村根側に乗る。このところの北村根は調子が良いので、遠方から来た境本さんに譲る格好になった。
 風は南から、上潮は風の向き、陸に向かって左から右へ流れている。上げの四分。小潮ながらもこの潮向きは前回と同じだ。底潮も同じであれば期待がもてる。
 釣り座は伊豆半島に向かい左が上塘さん、右が私に取る。このポイントは初めてである。若船長のアドバイス通り、船着き場周辺を狙うこととする。
 上塘さんは手前にある瀬の向こう側、野村根の右斜めを狙う。手前の瀬に被る波にラインがもまれるので釣りにくいのではと心配し、同じ船着き場周辺を狙わないかと言ってみるが、上塘さん、自らの勘を信じてか、変わることはなかった。
 第一投目はヤドカリの尻掛けで、針はタルバの16号、ケプラートの首振り。オモリは20号の捨てオモリ式、カジメが多くなっていると判断し、天秤不使用の捨て糸120cmで開始。
 投点は25m沖、大手石島から7mほど離れたところに入れる。はじめてのポイントなので、開始一時間くらいは探るつもりで投げる。と、明らかにウツボと判る竿を跳ね上げるアタリ。 上塘さんはにやにや笑いながらしきりに上げてみろと言う。朝イチでウツボが釣れると、その日一日好い事はまるでないのがいつものパターン。そのまま放っておいて、アタリが止んだところで上げてみるとケプラートがスッパリと切られている。

 逆光になっているので見にくいが、手前が野村根、沈み根を挟んで北村根。
 ずっと沖に見えるチョンボリが尾根。今日は波風がきつい。
 朝八時、けっこうな暑さになってきた。クーラーの中の500mlペットボトルがあっと言う間に無くなってゆく。2リットル用意してきて正解だった。
「尾根や北村根に乗らなくて正解だったですね」上塘さんがつくづくといった感で物言いする。
「あそこらだと逃げ場がないから、朝でこの暑さだったら昼は死にますよ」
 まさに、である。この場所だと南側に高い崖があるので、キャストが多少やり難くなるものの、日陰に入ったまま竿を見られるのだ。
 開始二時間で餌取りの小アタリはあるものの、芳しいアタリはない。今回はコマセを用意していないので、サカナを寄せる手立ては同じポイント、有望なポイントを打ってゆくしかない。
 大手石側はカジメの生えているところが多いので、左の瀬から海中に延びる、その延長線上を狙う。
 風とうねりは序々に強くなってくる。このまま、いつものようにダメダメパターンかと思いつつも粘り強く、サザエ、ヤド、ヤド爪サザエとローテーションしながら打ち返しを続ける。

眠れる磯のウエトウ。朝からの酷暑で参るの図。
 十時前だったか。
 南からの風は更に強くなり、手石島の上を飛ぶ鳶もこの強風をつかみあぐねているのか、ひょうろろひょうろろと迷うような鳴き声で煽られている。はるか彼方にある嵐の運びくる雲塊が低く高く流れ、伊豆の山々に影を落としている。痛いほどに鳴き続けていた大手石島の林にいる蝉たちも、強風に翻されている林に沈黙してしまう。
 こんな詩的な? 事ごとを考えながらも、カジメの少ないポイント、投点をやや沖目の左にし、潮と風に流して仕掛けが落ち着くポイントを打つ。
着水と同時にサミングをかけて仕掛けをゆっくり落としてサカナにエサをアピールし、サザエの殻やヤドカリの足を磯際に捲く。 様々な指南書や名人のアドバイスを反芻する。すなわち、喰わせるエサは小エサで、困った時には足元もしくは磯際近くを狙え、長潮に向かう小潮でも、外から入ってくる潮であれば好条件、など、など。

少し見にくいが、右が私、左が上塘さんの竿。
 サザエが赤身まで喰われ始めたところを見て取り、潮止まり近くであるが勝負時と思い、ヤドカリに変える。
 風と波が強いのでラインを緩めにし、エサを煽られないようにするとすぐさまアタリが出始めた。ヤドカリの尻掛けなので餌取りには弱い。待つことしばし、二段目の引き込みがあり、もしやと思った瞬間に竿が潮上に向かって突っ込んでいった。
 頭の中が真っ白になったまま、無我夢中で竿を立てにかかる。オモリが根が掛かったのかドラグが滑る。ラインを押さえて根掛かりを切ると、サカナが根に向かって走りだす。竿を溜めると緩めにセットしたドラグがまた滑る。ドラグを締めることなど忘れ、ポンピングの時にはラインを手で押さえて竿を立てる。
 やり取りの最中に上塘さんに声をかけようかと思ったが、ふと、一年前に清水さんの釣り上げたカンダイが頭をよぎる。魚影を見るまでは声をかけまいと思い、この時ようやく落ち着きを取り戻し、やり取りを続ける。
 最後の最後、左側の根に入ろうとしたところをかわして水面に浮かせると、銀色の魚体が見えた。勝負あったと思い、ここでようやく上塘さんに声をかけ、抜き上げられる大きさを確認して一気に抜き上げた。
 磯の上で跳ねているサカナは紛れもなく、七本縞の綺麗なイシダイだった。
 針を外す時にどきりとする。口中のカンヌキに掛かっていたのではなく、口の外側の皮にかかっていたのだ。つまり、皮一枚に針が掛かっている状態で抜き上げたのだ。帰ってから物の本を読むと、希にあることだという。イシダイに噛まれて鈍くなった針先だと、反転して走るときに口中から針が滑りながら、うまく外皮に掛かることがあるのだそうだ。


苦節二年と九ヵ月。ようやく釣った一枚。
 その後は大昂奮状態だった。アドレナリンとドーパミンとセロトニンがいっしょくたに脳内の神経経路を走り回る。シナプス間にそれらがどばっと溜る。うつ病の私にとっては少し危険な? 状態だ。上塘さんに何を喋っているのか、上塘さんが何を喋っているのか、まるでわからないうろたえぶりで、磯に立つ足が震え、イシダイを持つ手が震える。タバコを一服つけ、気持ちを落ち着かせてから北村根の二人にサカナを掲げて見せる。
 この磯では私の使っているツーカーでは圏外になるので、上塘さんのドコモに確認と称讃の連絡が入る。エサは何か、いくつあるかと訊ねてきたので、
「ざっくり計ると38cmありました。エサはヤドの尻掛けですわ」と答える。ちょっと物足りない大きさではあるが、初めてのイシダイなのでストリンガーに掛けてキープする。
 
 昂奮状態が醒めた後、更なる一尾をと釣りを再開する。しかしサカナが散ってしまったのだろうか、ヤドカリを温存しつつサザエでの打ち返しを続けるも、芳しいアタリもなく昼食時を迎える。釣り場での昼飯がこんなに旨いと思ったことはない。
 風と、その風の起こす波は更に強さを増す。早上がりもあるかもしれない模様となっている。うねりは強く、波被りも出てくる。中手石は高台になっているので多少安全だが、ここより低い北村根はどうだろう。陽射しもきつく、ここから南側に位置する北村根は逆光と海からの照り返しで二人の様子は確認できない。ただ波被りだけはけっこう激しく、時々磯上に波の飛沫が覆いかぶさるのが見てとれるだけだ。
 
 午後からも、ストリンガーに掛けたイシダイが気になって釣りにならない。フックが外れるのではないか、ハーケンにくくったロープが解けやしないか、波にもまれて弱りやしないか……。この間、眼鏡を落として失くしたこともあり、釣り場では何を失うかわからないのだ。不運はいつ襲ってくるかわからないのだ。
 風波も強く、投点から流すポイントが定まらない。あれこれと手段を講じつつ、そのまま磯上がりを迎える。
 渡船の来る三十分前、帰り支度をする前にイシダイのエラを切って海に放り込み血抜きをする。生きているので勢い良く血が流れてゆく。この時ばかりは釣り師の業のようなものを感ぜざるを得ない。こいつは私の分身なのだ、私が生き続ける代わりにこいつが死ぬのだ、という、一種の自己転換(という言葉があるのかね?)がおきる。
 乗船すると清水さんから上がったポイントがどこかを訊ねられたので、正直に報告する。境本さんからは、
「とうとうやりおったなぁ」とのお言葉を頂戴する。
 港に戻り、田中丸さんのHPに載せるために写真を撮り、検量をする。39cm。コメントも一筆書く。
 二年九ヵ月、地磯から始めてようやくの一尾であることを若船長に言うと、
「それは良かった。やっぱりイシダイは良いでしょう」と、釣果アリの客が出たこともあるのだろう、にこにこしながら嬉しそうに言葉を返してくれた。
 普段は4,500円であるが、本日の渡船料金は規定客数の五名に満たないので5,000円となる。まあ好い。まあ好い。釣果が支払いを気持ち良く後押ししてくれる。こんなに気分の好い支払いは、他にないのではないか?
 
 帰りの車中でも話に華が咲く。
「アタリはどうやった? やっぱり三段引きかい?」
「仕掛けはいつもの通りかい?」
「潮上のわしらに来んで、キハラちゃんのところにいってもうたか」
「遠路はるばる大阪から来た境本さんには、関東の釣り場にもこんな実力があるということを示せてよかったです」
 帰路の途中、千田若頭からも電話が入る。生きててよかったでしょう。死んでいたらこんなことは起こらなかったしねえ、と。確かにそうである。つい二ヵ月前までは生きているのか死にゆくのか分からなくなっていた時と比べると雲泥の差である。この釣りに引き込んだ清水さん、挑戦意欲を常に沸き立たせてくれた境本さん、手石島を開拓した千田・上塘さん、三浦半島の地磯へ一緒に通い続けた秋田さん、皆に感謝したい。
 
「まさか持って帰って一人で食うつもりやないんやろうな?」と、清水さんの声が飛ぶ。
 しかし、一人で食べきれるものでもないし、奥様のお許しが頂ければ清水さんの家で捌いて食べようではないかとの提案に、清水さんも至極満足した様子で家に連絡を入れる。
 無事に清水さん宅に着き、皆がシャワーを浴びているあいだに捌く。量りにかけると1.1kgを振りきってしまい、正確に量れない。まずまずの推測で1.4kgくらいとする。
 サカナは子持ちのメスだった。端を少し食べてみるとあまり脂けもなく、少し磯臭みがある。腹身は薄かったのでハラス焼き、卵は煮付けにして食べようと思い別にしておいたが、疲れからか忘れてしまい、捨ててしまった。
 上塘さんからは胃の中を見てくれというので姿作りの三枚に卸し、胃袋をうまく取り出す。中にはヤドカリの甲が大半を占め、ウニ殻は少し、興味深かったのはヤドカリの細い足がまるまる一本、入っていたことだ。普通、ヤドカリは足を落として針に掛ける。爪は喰わせ餌に使うが、細い足は磯際から捲いて寄せ餌にする。そうすると、いくら潮の流れがあるとはいえ、ゆらゆら落ちてくる撒き餌につられ、この型くらいならば、あんがい足元にまで寄ってきているのではないかと推察される。
 
 清水さんからは、どうせだったら豪快に姿にしようやないかとの仰せで姿作りにする。尾頭を立たせてツマを敷き、刺身を並べて飾りをつけ、冷蔵庫に入れて寝かせる。さてさて、旨味はどうなるだろうか。
 最後に私がシャワーを浴び、宴席に着く。ここで清水さんがとっておきの日本酒を出してきた。釣り偲(つりしのぶ)という銘柄で、取引先の方から釣り師たる清水さんに贈られた、名前にも非常な思い入れのある酒だ。イシダイを釣ったら開けようと取り置いていたものだが、それをこの場で開けようというのだ。何と、ありがたくも泣けることではないか。
 その後は釣り談議に華を咲かせつつ酒盛る。
 一時間ほど寝かせた刺身も旨い。〆てしっかり血抜きをしたので臭みもなく、脂は少なめだがコクもあり、日本酒にしっかり合う。
「一日置いたらもっと旨味がでるでぇ」と境本さん。
「これだけの量の刺身を一人で食べるのは飽きるなあ。やっぱり皆で食べるのが正解や」と、誰かが言う。
 ここでふと気になった。
「奥様、お刺身は?」と尋ねると、生ものはダメと言うではないか。釣り師の妻にして何たる事! というのはさておいて、先刻捨ててしまった腹身と卵が思い出された。私の方こそ何たる事! せめてハラス焼きと卵の煮付けでも味わって頂けたらと……。
 境本さんは今日大阪に帰る予定であったが、
「釣り会のキハラ君がイシダイ初物を釣ってなぁ、お祝いで帰れんので、ヨロシク〜」という電話一本で清水宅にもう一泊してしまうこととなった。なんと、好くできた奥様ではないか。  その後は盛り上がる一方だった。
 こんなに旨い酒を飲んだのは久しぶりだと、私が言うと、ここ二ヵ月か三ヵ月の私の現状を知っている皆は深くうなずく。
 
 残ったアラは持ち帰り、翌日の晩、酒蒸しにして食べる。
 しかし家には20cmの寸胴鍋兼蒸し器しかない。これだと小さすぎて獲物が入らないので、急遽28cmのおでん鍋に湯を敷き、これまた家でいちばん大きな23cmのどんぶり鉢に酒とショウガを入れ、少し長めの25分間、強火で蒸し上げた。
 これも旨かった。頭の背側の肉厚の部分の、白身のヒレとでも言いたいほっくりとした旨味ある肉。胸ビレの根元のしこしこした肉。そして頬肉の赤身。これは独特の肉質とコクがある。
 酒蒸しにして食べた頭から接合歯を取り出し、鍋で煮て周囲に着いている肉を取り、更に歯ブラシで洗い爪楊枝で小さな穴にある肉をこそげ取り、乾燥させる。これで、鍋で食べたスッポンの甲羅や、歯医者で作った自分の歯の石膏型などが揃う私の骨々コレクションに、このイシダイの歯が加わることとなった。
 
 ではまた、次回の釣り場でお会いしましょう。

■釣果■

境本氏: ハコフグ 25cm 1尾
清水氏: なし
上塘氏: なし
木原 : イシダイ 39cm 1枚

■タックル(木原)■

竿  : シマノ 海魂EV MH-540
リール: アブ アンバサダー9000CL
ライン: サンライン クインター20号
瀬ズレ: 7本ヨリ38番ワイロン1m
オモリ: 20・30号+捨て糸ナイロン4号120cm
針  : オーナー 南方石鯛16号 19本ヨリ38番ワイヤー24cm
     がまかつ 石鯛16号 7本ヨリ38番ワイヤー24cm
     がまかつ タルバ16号 ケプラート20号+38番ワイヤート24cm

■サシ餌■

青木釣具店  ウニ30個:4,500円(境本)
       ヤドカリ10個:2,000円
       ウニ30個:4,500円(清水)
       サザエ1kg:2,000円
       サザエ1.5kg:3,000円(上塘)
       サザエ1kg:2,000円(木原)
       ヤドカリ10個:2,000円

■交通費・諸経費■

・東名高速(横浜町田〜厚木)    850円×2=1,700円
・小田原厚木道路(厚木〜小田原西) 700円×2=1,400円
・西湘バイパス(小田原西〜石橋)  200円×2=400円
・真鶴道路(石橋〜真鶴)      310円×2=620円
・熱海ビーチライン(湯河原〜熱海) 240円×2=480円(往復割引き)
                   合計:4,520円
 
田中丸 渡船料:5,000円


 

 

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