第一話 届かない想い



 神様が選んでくれた運命の波に流れるままに生きていったら、幸せになれるのかな。


 少女漫画みたいな恋愛なんてありえないよって友達の麻里子は言うけれど、あたしは信じたいんだ。だって今は一生に一度の輝けるとき、今を逃したら何もないじゃない。
 学校にも街にも出会いはあるはずだと思って、あたしはいつだって隙を作らないで過ごしてきたけれど、別に今のところ何もない。というか、問題は別にあって。

 あたしは、叶わない恋をしている。


「杏(きょう)、帰りに映画行かない?」
 やっと放課後になって荷物を鞄に詰め込んでいると、もう支度が出来た麻里子があたしの傍に寄ってきた。
「あ、ごめん。あたし今日早く帰らなくちゃ」
「何かあるの?」
「うん、お兄ちゃんの誕生日なんだ」
「ああ、そうなんだ」
 あたしの家庭の事情を知っている麻里子は、それ以上は何も言わずに「じゃあまた今度ね」と微笑んだ。あたしはその好意を素直に受け取って席を立った。


 歳は十六。最も華やかな高校二年を生きるあたしの名前は萩本(はぎもと)杏。
 あたしの家庭は、普通とはちょっと違う。五歳の頃に両親が離婚、あたしはパパに引き取られて、その三年後の小学三年のときに新しいママは子供を連れてやってきた。そして、そのママの隣にいた彼があたしの新しいお兄ちゃんに当たる人だった。
 名前は慎司(しんじ)、当時十七歳の高校二年生。
「ただいまっ」
 あたしは叫んで、靴を脱ぎ散らかして部屋に飛び込んだ。今日は慎司の誕生日だ。今日で二十五歳になった。
 慎司はあたしにとって、昔から手が届かないほどのお兄ちゃんだったけれど、ひとつ歳をとったことで更に大人になって、またあたしから遠くなってしまった気がする。プレゼントは買ってみたけれど、高校生のお小遣い程度ではろくな物も買えなくて、あたしは情けなくなって小さなプレゼントの箱を両手で包んだ。
「杏ちゃん、もうすぐ慎司が帰ってくるって電話があったの。夕飯作るの手伝ってくれる?」
 あたしの部屋のノックをしたあと、ママが優しく言った。
「うん、いいよ」
 たとえ義理でも、あたしたち家族は仲がいい。それはとても幸せなことだった。だって世の中には、血が繋がっていても冷たい家庭があるって聞いたことがあるしね。あたしはこんな境遇であることを不幸に思ったことなんてなかったんだ。


 広いキッチンでママと料理するのは楽しい。ママがお鍋の中の様子を伺っているときにあたしは包丁を持ってとにかく野菜を切っていく。切ることは簡単だけど、味付けはいつになってもママの腕を尊敬してしまう。あたしもいつか、料理の本も見ずにあの絶妙な味わいを出せることができるのかな。
「杏ちゃん、野菜切るのが上手になったわね」
「そう?ママほどじゃないよ」
「でも杏ちゃんはまだ十六歳でしょ?なのにこんなに上手だなんて、いつでもお嫁に行けちゃうわ」
 ママは冗談のように笑うけれど、あたしは笑えないよ。
「ただいまー」
 玄関からパパの声が響いた。あたしは走ってパパを迎えにいった。
「おかえり、パパ!」
「杏、ただいま。今日は杏の大好きな慎司くんのお誕生日ですねー」
「大好きじゃないよ!」
 パパはあたしの頭を撫で回す。パパは昔からずっと優しい。あたしの本当のママが家を出て行ったときも、一生懸命あたしを育ててくれた。
「それよりパパ、聞いて!ママがあたしのこと『いつでもお嫁に行ける』なんて言うんだよ?」
「なにぃ!?」
 パパはキッチンまで走って、ママに叫んだ。
「おまえ、杏になんてこと言うんだ!まだ十六歳だぞ!まだまだ嫁なんかにやるもんか!」
「あーあ、独占欲の強すぎる男って嫌われるわよー。そして、娘を溺愛する父親はウザがられるわよ。ねえ、杏ちゃん?」
 え、えーと...。
 結婚してもう八年になるけれど、相変わらず仲がいいな、パパもママも。お互い再婚同士で、親戚はすごく心配したらしいけれど、いつまでもこんなにいい雰囲気を醸し出せるんだもん、二人は運命の人だったんだってあたしは思う。
 あたしは運命を信じている。だから早く現れないかな、あたしの運命の人。
 でもあたしは運命の人を、見つけられずにいる。アノヒトが運命の人だったら、なんて途方のない願いを抱いている。馬鹿みたいだと思うけれど。
「杏、見てみろ、パパはりきってケーキを買ってきたぞ」
「本当?どんなの?見たい見たい」
「駄目よ、杏ちゃん。ケーキは後からね。ご馳走だってたくさんあるんだから」
 三人でパーティーの準備をする。
 誰かの誕生日にはみんなが揃って祝うのが、この家族が成り立ってからの慣わしだった。悪くないと思う。だって、誰だって誕生日に祝ってもらうのはとても嬉しいことでしょ?
 あたしはテーブルにお皿を運ぶ。今日はママがいつもに増して腕を振るったご馳走。
 そのとき、軽やかにチャイムが鳴った。
「あら、きっと慎司だわ。杏ちゃん、出迎えてくれる?」
「はぁい」
 あたしは駆け足で玄関まで行く。胸がドキドキする。
 鍵のかかっていないドアは、あたしが触れる前に空いた。
「ただいま、杏」
 いつもと変わらない笑顔を今日もあたしに向けてくれるんだね。そう思うだけで顔が熱くなる。

 お願いです、神様。どうかこの人をあたしの運命の人にしてください。

「おかえり、お兄ちゃん!」
 会社から帰ってきた慎司の鞄をあたしは受け取った。
「誕生日おめでとう」
 あたしが見上げて言うと、慎司はあたしの頭を撫でてくれた。



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