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第3日(6:50〜16:49)(三重県熊野市〜三重県尾鷲市)
JR有井駅(6:50)〜口有馬道標(9:20)〜花の窟神社(9:41)〜獅子岩(9:41)〜木本〜松本峠(9:53)〜大泊橋(9:55)〜大吹峠(11:14))〜弘法大師の御足跡水〜徐福の宮(11:40)〜東波田須バス停〜西行松跡(16:47)〜道標・里川橋(16:47)〜逢神坂峠(16:47)〜二木島峠(16:47)〜キリシタン燈籠(16:47)〜曽根太郎坂(16:47)〜甫母峠〜道祖神〜JR賀田駅
(宿泊地:JR尾鷲駅付近 ビジネスホテル胡蝶館 0597-22-0040)

 JR有井駅から花の窟神社までは大した距離ではなかった。花の窟神社の狭く短い参道はなかなか静かで風情があった。門前には茶屋があり、私のついた時間にはまだ開いていなかったが、掃除をしているおじさんがいて、この日の天気がずっと雨なので松本峠は歩けそうか尋ねたが、大丈夫そうだった…何しろ、尾鷲は日本でよく雨が降るところらしいので、熊野古道中辺路の高原霧の里休憩所辺りのように霧でも出たら怖いので、少々、びびっていたのだ。 花の窟神社は門を入るとさらに前に門があり、ここをくぐると、すぐ眼の前にご神体とされる、岩穴(というよりも竪に出来た窪みというほうが正しい!)があるが、写真からイメージするよりも小さかった…ご神体の前には白い玉子石が供えてあり、向かいがカグイカヅチのミコトを祀るところだったが、ともに社殿は無かった!花の窟神社を出ると、茶屋がある道の向かいに、口有馬道標が建っていた。
道標花の窟神社花の窟神社

 少し歩くと有名な獅子岩が海に向かって吼えていたが、熊野古道は、この岩の手前から海岸を歩くのらしいが、案内板が無いので気付かなかった。それはそうと、獅子岩のかなり手前に新興宗教かもしれないが、岩の洞穴に教団の名前が書かれていて、鍵がかかっていた。獅子岩を過ぎると、獅子岩の左側から浜辺に鯉幟がたくさんロープで吊るされていた!さすがに壮観だったので、記念に撮影してから熊野古道は熊野市の中心地へ向かう。
獅子岩


  JR熊野市駅近くの木本町は熊野古道伊勢路の宿場町にでもなるのであろうか?古くからの店が並んでいた。
笛吹橋


 松本峠に行く山道の麓まで民家や店が続いていた。松本峠へ向かう山道は途中まで民家があり、車が途中に停まっていた。この日は一日中雨の予報だったが、道も石畳が多く、多少の雨でも歩いていけそうだ。パラパラと小降りが続く程度で、松本峠手前からは私より一回りくらい上の世代の方たちがハイキングで歩いていた。峠へ行く途中で見晴らしの良い所があり、浜街道が見えた。峠では漁師が夜中、峠に立つ物体に発砲し、見ると地蔵さんだったという話が残る、縁の地蔵尊が建っていて、ハイカーのおばさんたちやおじさんたちが弾痕をしきりに探していた。おばちゃんの一人が、夏みかんの皮を向いて参加者に分けていて、私に「しんはい?」と尋ねて、夏みかんを差し向けるる。「しんはい?」よく分らないまま、「しんはい!」と答えると夏みかんを分けてくれた。久しぶりに柑橘類、それも歩き巡拝では四国遍路以来であろうか?ありがたくいただいて、私は峠を下っていった。下りながら、「しんはい」とは「新人ハイカー」または「新参加のハイキング」という意味だろうと推測した。
松本峠松本峠松本峠

 松本峠を下ると大泊町に出る。ここからは観音道コースと大吹峠越えの2コースがあるが、大吹峠の登山口に民家が有ったので、地元のおじさんにどちらが良いか尋ねたが、観音道コースは遠回りになるという。それなら、大吹峠が良いのかと思うが、通ったことが無いという…仕方ない!天気も良くないし、なるべく民家にも近い所が良いので、大吹峠を越えることにした。地図に有るように、峠の手前に竹林が続き、掘られて捨てられた筍がいくつかあった。峠を下ると登山口に木彫りの安全地蔵が立っていて、道路沿いには公園があるが、公園に出る途中で若いカップルとすれ違った。
大吹峠安全地蔵

 波田須では旧道を歩くが、バス停の近くに熊野古道の案内板があるので、それにしたがって歩いた。おたけ茶屋跡を過ぎると、弘法大師のお足跡水というのが近くにあるが、「足跡水」というだけあって、足跡くらいの窪みに水が柄杓で半分くらいたまっていて、飲めそうにないので口につけなかったので、味は分らない。そういえば、西国観音霊場徒歩巡礼中に舞鶴市にある一杯水も汚くて飲めそうになく、写真だけ撮って帰ったことを思い出した!ただ、昔、熊野古道を歩いていた人には有りがたい水だったのかもしれないが、どうなのだろう?
おたけ茶屋跡弘法大師御足跡水弘法大師御足跡水

 さらに進むと、秦の時代に蓬莱山を探しに行き、日本に着いたという伝説がある、徐福の宮と墓は5分くらい寄り道したところにある。海を遠くに見る、こんもりした森にあったが、拝殿だけで宮司はいなかった。
徐福の宮

 徐福神社から旧道に戻り、石畳の道を歩くと、地図を見ると、バス停から国道に一旦出て波田須トンネル手前で旧道に戻るように見えたので、国道を少し歩いたが、先の道が分らない!
波田須の石畳波田須の石畳

 そこで、民家を見つけ、道を尋ねると、どうもバス停のあるところで下りたのが間違いだったようだが、そこのご主人は「大丈夫ですか!?道が分りにくいので、トンネルを歩いた方が良いですよ!」と盛んに言われたが、行ってみると、西行松跡の熊野古道の案内板が有った。その道を下る途中に、旧道らしい道があったが、見ると「逢神坂峠」と書いた道標が壊れて落ちていた。不覚にも、その峠の名前を知らなかったので、通って良いものかどうか、しばし、悩んだ!地図を見ると、峠の名前が有ったが、峠の由来も書いてあった!何でも「逢神坂峠」は熊野の神と伊勢の神が逢う峠という意味と、狼が多かったので「おおかみとうげ」という説があり、今どき、狼などいないとは思ったが、熊は最近、日本のあちこちに出るのでさすがにビビッたが、意を決して歩いた。
西行松説明板倒れた逢神坂峠への道標

 峠を下りると熊野古道は本来、JR紀勢本線の線路をまたぐ形だが、危ないので学校の横を廻るようにして国道に出るように指示板があった!新鹿の海水浴場を過ぎて、JR新鹿駅へ行く道との分岐点には里川橋の手前に道標が有った!
新鹿の関看板巡礼道標


 新鹿に出ると例の逢神坂峠、二木島峠を越えるが、狼も熊も何も出て来なかったが、誰にも会わず、淋しかった…
飲まずの水(清水)逢神坂峠二木島峠


 二木島の集落に出る道にはキリシタン燈籠が有った。JR二木島駅のガードをくぐって、橋を渡ると、曽根トンネルをジグザグに越える曽根太郎坂・曽根次郎坂越えが待っている。時刻は午後4時半くらいで、霧雨が降り続く中の徒歩巡礼は心細かったので、ここでその日の歩きを止めても良かったが、中途半端で、翌日にはJR尾鷲駅に辿り着きたいので、意を決して歩くことにした。
一里塚跡・キリシタン燈籠キリシタン燈籠


 甫母峠を示す案内板はあったが、どこから太郎坂で、どこから次郎坂なのかよく分らなかった。途中には、ほうじ茶屋跡と鯨石があった。次郎坂には行き倒れの巡礼供養碑があったが、写真に収めることはしなかった!何か写っていると気味が悪いので…逢神坂峠、二木島峠もそうだが、さすがにこの時間帯には歩いている人はおらず、民家も途中に無いので無事、賀田に出られるか心配だったが、大丈夫だった…ただ、賀田地区の集落に出る手前に墓地が有り、そこが関所跡でもあったようだ。
甫母峠ほうじ茶屋跡鯨石


 賀田に出てからは国道を歩き、飛鳥神社に参拝したが、玉子石の石垣が珍しかったので写真に収めた。少し歩くと熊野古道の案内板があるので、どこから続いているのかと思い、逆に歩くと、公衆便所から民家の入り組んだ細い道を歩くことが分った!結局、その道を往復して飛鳥神社の先で熊野古道と合流した。
阿須賀神社阿須賀神社

 その少し先に、道祖神の案内板があって、地元の人に尋ねると、道祖神の先に小川があり、小さい橋を渡るのが本来の熊野古道だという。その道を歩き、国道に合流してから国道を少し戻ると、首無し地蔵があった。そのごは、この日の打ち止めの場所JR賀田駅まで歩いたが、駅の登り坂が何と(!)熊野古道だという。現在はバスの通り道になっている。
道祖神首なし地蔵

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