ドイツ演奏旅行 〜楽しい想い出編〜


 5月14日(日)

  

  私がホームステイしたのは、Gabriele and Stefan 一家だった。恐らく2人とも30才ぐらいと思われる若い夫婦であった。

  昨年、新しく家を建てたとのことだったが、なかなかモダンで素敵な家だった。

         Gabriele and Stefan 一家 の玄関

 台所にテーブルがあって、食事をするのは日本と似ている。

 ご主人の方のStefan が食事つくりは中心となってやっていた。ここは日本と少し様子が違う。

 夕食はパン、ハム、ソーセージ、チーズ、サラダ、チーズとトマトで作ったオードブルなどだった。

 あとは、パンにつけるペースト類、ジャム、スィート(と言っていたが蜂蜜のようなもの)などが、たくさん並んでいた。

 Stefan が、外に置いてあるバーベキューセットで、ソーセージを温めてくれた。

                            キッチンで食事の準備

ドイツでは、カルテスエッセン(冷たい食事)といって、夕食で普通、火を使わないと、ガイドの佐々木さんが言っていた。

 ソーセージを温めてくれたのは、かなり我々を歓迎してくれたということだったようだ。

 Gabriele は、我々が持っていったお土産をお皿の上にきれいに載せてテーブルに飾った。

車に何度か載せてもらったが、車を降りる時に私が、

  Danke schön !” と言うと、はんで押したように 必ず “ Bitte schön !” と応えてきた。

 家内に言わせると、Stefan は、すごく優しくてハンサムなのだそうだ。

 台所で食事を作ったり、後片付けなどをすごくよくやるところが日本人の男性と違って、気に入ったようだった。

 

          お皿の上に乗った我々のお土産                      

前夜、食事のあと、Stefanの両親の家が近いので、そちらに行ってみないか・・・と言うので、行くことにした。

両親の名前は、Karin und Herumut Zeyen.で、菅井さん御夫婦、芦澤さんがホームステイしていた。

お二人とも、何度もホームステイされているようで、とても楽しそうに、数字の呼び方などについて、議論をしていた。

私はとてもその話にはついていけなかったが、学生時代に数字の読み方は結構暗記していたので思い出し、

何を言っているのかぐらいはなんとなく分かった。

菅井さんは、まるで自分の家のように Zeyen家を、一部屋づつ、開けて、ここは誰の部屋・・・・と見せてくれた。

廊下の壁に、Gabriele and Stefan が結婚した時の写真が架かっていた。

ドイツの家庭では、壁に昔のおじいさんやおばあさんのモノクロの写真などが架けられている。

先祖や家庭を大切にしている様子がよく分かった。

               Karin und Herumut Zeyen 家で。

       

 今日の午前中は、リンブルグの市内観光だ。

 リンブルグ市内は合唱団の関係者の女性が案内してくれた。建物がきれいで目が覚める思いだった。                   

            

 

       王冠のように美しい大聖堂 “Dom”

 

               街の橋から、大聖堂 “Dom”を遠望する

 

  

      夕方、菅井さんたちが、Stefanの新しい家を見たいということで、やってきた。

      庭で記念撮影をして、一緒に演奏会の集合場所に向かった。

             

 

 

   演奏会は午後7時半に開始した。外は7時ぐらいまでは明るい。

    演奏会で歌うアンサンブル・レオーネ

 

                 Eintracht Limburug 合唱団

   

  プログラムには、女声合唱も含まれていた。私は最初気がつかなかったが、Gabriele が歌っていたので、あわてて写真を撮った。

        Gabriele が歌った女声合唱団

 

     レオーネと、Eintracht Limburug 合唱団との合同ステージ。

 

演奏会は午後9時30分ごろ終わって、それからパーティとなった。

 Gabriele の両親が演奏会を聴きにきていた。Gabriele が両親を紹介してくれた。

それでおわるのかと思ったら、Gabriele の母親が一生懸命に我々に話しかけてきた。

自分は若い頃スコットランドに2年ほど住んでいて、その時に英語を勉強したきりだ。だからあまり英語を話せない・・・という。

そうは言っても、ほとんど単語を並べてなんとかやっているこちらよりは、遥かにうまかった。

でも、単語と、身振り、手振りで 結構通じ合うことが分かって、嬉しくなった。

父親の方は、母親ほどは積極的に話さないが、私の仕事は何をやっているか・・・・などとしきりに聞いてきた。

また私がフォルクスワーゲンに乗っていると話すと、ドイツにも日本車はトヨタ、ニッサン、ホンダ、マツダ、みんなたくさん走っていると言った。

また、父親は化学関係の会社に勤めているとのことだった。

私が自分のビデオカメラを開けて、中から小さいDVDを取り出して見せると、びっくりしたというジェスチャ−をして、

日本の電気製品は世界一だ と、まじめな顔をして話した。

なんだかんだとやり取りしているうちに、結構、分かってきて楽しくなった。

ドイツ人の男性は女性ほど積極的に話さないような気がした。何か、男はそんなに話さない・・・というような、プライドのようなものを

持っているような感じもする。 少し日本人の男性に通じるものがあるような気もした。

御両親とも生まれはベルリンだそうだ。

ベルリンの壁が崩壊していなかったら、Gabriele と Stefan も結ばれていなかったのかな ・・・・・ などと思った。

二人はとても幸せそうだ。

 

    Gabriele のご両親と一緒に食事をする

 

 パーティは延々と午後11時半まで続いていた。こんなに遅くて、これから20km先まで帰るのが大丈夫か・・・と

 Gabriele の父親に聞くと、全く問題ない! と言った。

 ドイツ人は、遅くまでパーティををやって、お酒を飲むことを、あまり気にしていないようだ。

 まるで、楽しいことを、時間をかけて楽しむのは当然 ! と言っているようだった。 (Y.I 記)

 

                  

  



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