マーシャル諸島旅行記
 
旅行期間:1996年4月28日〜5月7日

マーシャル諸島に行ってきました。噂どおり?何にも無いところでした。


★旅程★
4/28 成田→(日付変更線通過)→ホノルル
4/29 ホノルル→(日付変更線通過)
4/30 →マジュロ
5/02 マジュロ→ミリ島
5/06 ミリ島→マジュロ→(日付変更線通過)→ホノルル→(日付変更線通過)
5/07 →成田

マーシャル諸島について
まず、マーシャル諸島と聞いて、どこにあるのかすぐにわかる人はほとんどいないだろう。
位置的には、グアムとハワイの真ん中あたり、そして歴史的には、太平洋戦争直後に原爆実験が行われたあのビキニ環礁がある所だと言えばピンと来る人もいるだろう。
マーシャル諸島はこのように多くの小さな環礁(アトール)で構成されている島国だが、れっきとした一独立国で、1986年にアメリカから独立したばかりの新しい国です。また戦前は日本の支配下でもあった。
首都はマジュロ、通貨は米ドル、言葉はマーシャル語と英語で、戦前生まれのお年寄りには日本語を話せる人も多い。
行き方は、グアムまたはホノルルからコンチネンタル・ミクロネシア航空の“アイランドホッピング・フライト”で行くことになる。私の場合、ホノルルまでUAの無料航空券で行き、ホノルルからマジュロまでは正規割引運賃を使った。
泊まるところについては、観光客などまずいないので、リゾートホテルや安宿などはなく、何の変哲もない普通のホテルが数軒あるのみで、料金は1泊50〜100ドルと高め。
もちろん観光スポットと呼べるようなところも無く、首都マジュロですら市街地と呼べるところはわずかで、2〜3時間も歩けばもう何もすることはない。

 
上空から見たマジュロ環礁 夕暮れ(マジュロにて) マジュロから離島へ出発
 
ミリ島訪問
マジュロを離れ、ローカルな島へ行くと、ますます何もない(^^;)
ほとんどの島には電気やガス、水道もなく、島の人たちは原始的で素朴な生活を送っている。
私は、そんな数ある島の中で、ミリ島(日本名:ミレー島)を訪れた。
ミリ島の酋長であるケーネップ氏は日本語が話せ、突然の訪問者である私を快く迎えてくれた。

ここミリ島は、戦時中日本軍の基地となっていた島で、多くの日本兵がここで自決したそうで、今でも毎年、日本からの慰霊団がこの島を訪れるとのこと。島のあちこちには、砲台やゼロ戦の残骸が手つかずのまま残っていた。
 

砲台の跡 錆び付いた砲弾 ゼロ戦の残骸
太平洋戦争の残骸の数々(ミリ島にて。これらはすべて旧日本軍のもの)
 
島にはちゃんとした宿泊施設はなく、砂浜に面した掘立て小屋みたいなところ(島の人は一応ホテルと呼んでいる)に泊めてもらい、お店やレストランももちろんないので、食べ物もほとんど島の人に恵んでもらった。
ミリ島の通称?“ホテル”
 
もちろん滞在中は何もすることはなく(笑)、やることといったらチャンポチャンポ(マーシャル語で散歩するという意)ぐらいしかない。
でも、島の人たちは皆とても親切で人なつっこく(特に子供たち)、退屈はしなかった。
また何もない分、海の美しさは抜群で、帰りに立ち寄ったホノルルのワイキキビーチがまるでドブ池のように見えたほど。

 
マーシャルの子供たち(ミリ島にて)
 
ミリ島の美しい海 ミリ島の夕暮れ ミリ島の空港にて
 
もしこの旅行記を読んで、マーシャル諸島に行ってみたいという物好きの方がいたら、是非行ってみて、本当に美しい海以外何もないところだということを確認して来てみてはいかが?(笑)
 

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