アフガニスタン 聖戦の名のもとに
共にイスラムを信じながら対立する人々
写真・文= 常岡浩介 ジャーナリスト
民族に関わりなく、イスラム教徒はすべて兄弟だとされる。しかしアフガニスタンではイスラムの国という共通の目標を持ちながら、対立の根には民族がある。20年も続くアフガニスタンの内戦。その中でそれぞれの民族はこの紛争をどう捉えているのだろうか?
初出:国際協力99年5月号巻頭特集「紛争の日々」(国際協力事業団)

民族ごとに分かれた難民キャンプ
「タリバンはハザラ人を見つけ次第殺した。ハザラを根絶やしにして、パシュトゥンの国を作ろうとしているんだ」
 パキスタン北西部、ペシャワル近郊のオジー難民キャンプで、アフガニスタンを逃れてきたハザラ人(人口の25%)の難民たちは口々に訴えた。
 アフガニスタンの多数派民族パシュトゥン人(40%)を主体とする新興イスラム勢力タリバンは、去年の8月と9月、北部・中部のマザリシャリフとバーミヤンといった主要都市を次々に攻略した。アムネスティ・インターナショナルなどによると、作戦の過程で民間人を含むハザラ人への集団殺戮があったとされる。ハザラ人は13世紀にアフガニスタンに侵入したチンギス・ハンの軍隊の末裔といわれる民族で、アフガニスタンの民族の中で唯一シーア派を奉じている。この時期、多数のハザラ難民がパキスタンを初め、イラン、タジキスタンなどに流れ込んだ。
 1979年のソ連軍の侵攻以来、アフガニスタンの内戦は20年も続き、現在260万人といわれる難民の中にはアフガニスタンを構成するあらゆる民族が含まれている。いつからか、パキスタンに逃れた難民たちは民族ごとに分かれてキャンプ生活を送るようになった。ペシャワル近郊にあるキャンプのうち、カチャガリーキャンプにはパシュトゥン人が、ホラサンキャンプにはタジク・ウズベク・トルクメンの各民族(タジクは25%、その他の民族が10%)が、オジーキャンプにはハザラ人が住んでいる。

民族それぞれの言い分
 オジーキャンプのハザラ人たちは私がジャーナリストと知ると、挙って家に招き入れ、タリバンが彼らにした仕打ちを訴えた。主婦のハディージャさん(45)は去年8月、5人の子どもを連れてマザリシャリフからパキスタンへと逃れてきた。タリバンがマザリシャリフを席巻した際、荷役夫をしていた夫はバザールで射殺体となって見つかった。周り中にハザラ人の死体が散乱していた。銃で撃たれたものの他に、刃物で斬殺されたものや撲殺されたものもあった。どれも戦闘員ではなく、バザールで働いていた普通の市民だったという。ハディージャさんは「タリバンはハザラ人だけを選んで殺していました。他の民族は見逃されました」と語った。
 農夫のシュジャウディンさん(60)は15年前からオジーキャンプで生活しているが、タリバンによるハザラ人虐殺の話を聞いて、去年12月、アフガニスタンに残っていた親類の安否を確認に行った。ワルダック州シアハークの従兄弟の自宅は廃墟になっていた。町に残っていた人たちの話を聞いて、ワルダック州とバーミヤン州の境にある山岳地帯を訪ね、そこへ逃れていた親類の家族およそ20人と再開を果たした。従兄弟ら3人が戦闘で殺されたが、遺体を引き取る現場をタリバンに見つかると捕まってしまうので、遺体は埋葬することもできないまま雪山に放置されているという。燃料も食料も不足しており、餓死、あるいは凍死者が出るほど生活状況は逼迫していた。パキスタンへ脱出させたかったが、ハザラ人の成人の男を連れてタリバンの検問を通るのは危険すぎる。このため親類のうち、両親を失った子どもムハンマド・アリーくん(8)とハスティヤルちゃん(10)の2人だけを連れて3日間歩き、キャンプまで帰ってきた。
 オジーキャンプ内で英語を教えているハイダルさん(25)は「タリバンがやっているのは民族浄化だ」と非難した。ボスニア紛争で各勢力が使った民族浄化(Ethnic Cleansing)という言葉が、アフガニスタン内戦でも使われはじめた。
 一方、もっぱらタジク人、ウズベク人、トルクメン人が住んでいるホラサンキャンプで聞いた話は幾分趣が異なっていた。バーミヤン出身のタジク人、技師のムハンマド・アリムさん(31)は「ハザラ人のイスラム統一党もタリバンと変わらない。彼らは我が家の牛も羊も鶏も全て略奪した。どちらも強盗の集団だ」と、語った。バーミヤンは去年の9月、タリバンに占領されるまでイスラム教シーア派ハザラ人の民兵組織イスラム統一党に支配されていた。アリムさんらタジク人はバーミヤンでは民族的少数派だ。
 また、パシュトゥン人が多くを占めるカチャガリーキャンプの中で、集まってきた住民たちにタリバンについての考えを聞くと、「彼らは良いイスラム教徒だ」「平和をもたらす」という答えが返ってきた。「ハザラ人を大勢殺したではないか?」と問いかけると、群衆の中からアンワル・カーンさん(23)が「戦争で殺したのだ。ハザラ人はタリバンが迫っても退却せず、戦闘を市街地まで持ち込んだ。そのため市民が巻き込まれた。犠牲者が増えたのはハザラ人のせいだ」と反論した。
 パキスタンのアフガン難民たちは、キャンプごと民族に分かれて争っているように見えた。

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