遥か・グロズヌィ
■1999/11/14 (日) シャミル・バサエフ
グロズヌィ――「バサエフの自宅跡」といって
連れてこられた民家は廃虚だった。
そこに突然乗り入れてきた黒い四輪駆動車。
何が起こったのか分からなかった。
長い顎鬚を生やした、大柄な男が降り立った。
それが、シャミル・バサエフだった。
私が見た数年前の写真より、随分太っていた。
そのかわり、目つきは穏やかになっていた。
インタヴューに対して、彼は口が重かった。
必要なこと以外、何も喋らなかった。
不機嫌なのかとさえ思った。
実際、そうだったのではないか。
村田信一さんが、はっと思い出して、
荷物の中から一葉の写真を取り出してバサエフに渡した。
バサエフと一緒に肉野菜炒めを食べる加藤健二郎さんの写真だ。
加藤さんが95年にバサエフと1週間、
戦場生活を共にした時のものだ。
とたん、バサエフに劇的な化学変化が現れた。
むっつりと厳つく、黙り込んでいた彼の顔が、
一瞬にしてふにゃふにゃに溶けてしまった。
低く沈んだ迫力のある声でインタヴューに答えていた彼が、
猫なで声を発した。
「オオ・・・・カトーサン!」
バサエフは加藤さんの写真を手に、その辺りをくるくると歩いた。
「カトーさん。私の友だち。すばらしき日本のサムライ!」
林克明さんが彼に加藤さんの近況を伝えた。
東京で活躍中だが、またあなたに会いたがっている、と。
バサエフはすっかり上機嫌になり、余計なことを喋りはじめた。
村田さんの大きなカメラバッグを見て――
「写真を撮るだけなのに、よくもそんなに大きな荷物がいるもんだな」
話し掛けられた村田さんの方が動揺していた。
彼にとってバサエフは雲の上の大カリスマなのだ。
雲の上から降りて来て、
小林よしのりのマンガのキャラクターみたいになってしまった。
■1999/11/16 (火) グロズヌィ空爆
迷彩パターンに窓をペンキで塗りつぶしたマイクロバスに
護衛の戦士たちと乗り込んでグロズヌィを移動中、
ジェットの轟音が近づいてきた。
ドライバーは道から外れた土の上に車を寄せて停める。
ヴェダットが皆を促し、車を降りた。
空爆下では車は狙われやすい。
降りるべきなのだ。
が、チェチェンプレスの面々はヴェダットに言われるまで、
車の中でやり過ごすつもりだったようだ。
あまり経験がないのかもしれない。
近くから激しい銃声が聞こえてきて、私たちは音に向かって駆け出した。
対空砲火が行われている。
ビルの前の開けたアスファルトの上で、
ピックアップトラックの荷台に積まれた対空機関砲が火を噴いていた。
トラックのすぐ側まで近づいてファインダーを覗くと、
頭に薬莢が降ってきた。
砲口の延長線上に目をやるが、敵機は視認できない。
砲手には見えているのだろう。
ちゃんと狙いながら撃っている。
突然、砲手は銃座を捨てて、トラックを飛び降りた。
ジェット音が“ゴオッ”と迫る音に変わった。
“来る!”と思った。
反射的に、トラックの後に掘られた塹壕に飛び込んだ。
着弾音はしかし、ビルの後ろから聞こえた。
■1999/12/26 (日) 収録
今日、テレビ東京で収録があった。
すっかり髭を剃ってプリティに戻って
ブラウン管に出るつもりでいたら、
ディレクターから
「髭はそのままにしてくださいね」
と念を押された。
“現場からそのままやってきた”、
というイメージが欲しいらしい。
しかしそれでは、私の可愛らしさを
十分に伝えることができないため、
剃ってしまおうと決める。
が、決心がつかないので
ふじゅんこやもろままに
相談に乗っていただきました。
結局、ひげ面で出演しました。
共演した千田善氏は実にまともな方だと思いました。
話がばっちり合いました。
よく勉強していらっしゃる。
それに対して野村総合研究所の
森本敏氏はとんちんかんなコメントに終始していました。
「チェチェン人は40年前に強制移住させられたことで
心底ロシア人を怨んでいますから・・・・」
「ロシアはチェチェン国内の20万人の
ロシア人の権利を守るために侵攻した・・・・」
カレンゲリラと共に戦って亡くなった
西川孝純氏が生前のVTR内で
「巨大な暴力に対抗するには現実的には結局暴力しかない。
話し合いでどう解決せよというのか」
と語る場面のあとで、
「そういう言葉を聞くと空しくなりますね。
紛争になる前にやはり話し合いで解決しないと」
と一言コメント。
場が一気に白けた。
北朝鮮の飢餓難民受け入れ問題が今後、
国際政治を動かしかねないという話題になると、
「基本的には本来は自分の国が
ナントカしないといけないので」
もちろん、それができりゃあ世界から
難民問題はなくなるのだ。
極めつけは自作の北朝鮮有事シミュレーション。
北朝鮮軍は韓国・アメリカ連合軍をおしまくり、
ついに韓国は日本に前線基地移転を要求する・・・
そして一言、
「やはり有事立法が肝心」
収録後、森本氏が
「今のロシアには96年のレベジのような
この戦争をおさめられる役者がいない」
というので、
「ベレゾフスキーの動きは何を狙っているのでしょうか?」
と聞いたところ、ベレゾフスキーの名も知らないようだった。
■1999/12/28 (火) 敗北宣言
私の今年の年収はちょうど100万円ぐらい。
うんぺーに完敗!
来年は1000万円稼ぎたい。
■1999/12/31 (金) ダウン
風邪でダウン中です。
さっきまで全身がかっかと熱かったのに、
次の瞬間ゾクゾク寒いといった状態。
この分では魘されながらの年越しになりそうです。
■2000/01/03 (月) ピンクの清純
湯上がりでピンク色である。
お風呂に入ってきた。
実は去年12月30日にうんぺーと一緒に
入って以来、風呂に入っていなかった。
これでようやく正月が来たよ。
■2000/01/04 (火) 25609¥
家賃を二ヶ月分不動産屋に持っていった後、
池袋のビックカメラにフィルムを買いにいった。
相変わらず熱が下がらない。
コダクローム30本。
「25609円です」
といわれ財布から金を出そうとすると、
足りない。
まずい。
しかし、フィルムがないと取材に出られない。
目が眩みそうだ。
考えていると、ギャルギャルの店員がいった。
「あっ!100人に一人の当たりが出ました。
無料です!おめでとうございます。」
フィルムを只でもらってきてしまいました。
ポイントカードには10パーセントにあたる
2439円分加算され、
ちゃんとサービスポイントが溜まっていた。
こいつは春から幸先がいい。
※この先、2000年1月6日〜2月6日に関しては
Reportageコーナーの
「戦場ジャーナリストたちのグルジア観光 」をごらんください。
■2000/02/16 (水) 悲しい別れ
池袋の焼き肉屋「カルネステーション」が
夜10時半からの「ナイトコース」¥1120を
やめることになったそうだ。
20日で終了。
これでお別れなので、昨日も今日も食べにいってきた。
ああ、悲しい。
■2000/02/20 (日) 日々是祈りの日々
やあ!ぼくシャミル。
みんなには清純くんって呼ばれているんだ。
最近ちょっと忙しくってね。
昨日はYちゃんとデート、
今日は女子大生Mとデート、
明日はセーラームーンのYSちゃんとデート、
明後日はISちゃんとデート。
いやあ、めんどくさいよねえ。
誰か代わってくれないかな。
でも、仕方がないよね。
がまん、がまん。
■2000/02/23 (水) 礼拝!礼拝!また礼拝!
今日は朝からアナウンサー志望
超美女々子大生とデート、
午後は美人編集者とデート、
夜はOLとデート、
明日は人妻とデート、
明後日はロシア研究家知的美女とデート、
その翌日は・・・
■2000/03/13 (月) ソドム・モスクワ
クズネツキー・モストのシャウルマの店へ行った。
ここは既に馴染みのはずだが、今日は雰囲気が違う。
誰かが大きな声を出している。
テーブルと壁の間の狭い通路に、
見知らぬ女が私に背を向けてしゃがみ込んでいる。
目を疑った。
女が下半身をはだけていたからだ。
見ぬ振りをして、脇を通り過ぎ、
カウンターでシャウルマとチャイを注文した。
背後からさっきの女が、私の肩を押して割り込んだ。
既にスカートを履いていた。
なぜかプラスティックのカップを持っている。
私はシャウルマを受け取って席に就くと、
カウンターの女を忘れ、食べ始めた。
今日のはケチャップが多すぎる。
次にカウンターを振り返った時、
女の姿はなかった。
カウンターの女性店員が水浸しのティーバッグの
空箱を持って、放心していた。
気がつくと、
さっき、女がしゃがみ込んでいた辺りにも
水が流れている。
女の脇のテーブルにいた男たち三人が出ていったようだ。
ようやく分かった。
カップの中味も、空箱を水浸しにしたのも、
床に流れているのも、女の尿だったのだ。
この店のトイレには、鍵が掛かっている。
男たちはこれに言い掛かりをつけていたようだった。
仲間の娼婦にその場で小便をさせ、
カップに取った分をカウンターまで持っていって
ぶちまけさせたのだった。
或いは娼婦ではないのだろうか?
店員たちは無表情で、床にモップをかけていた。
モスクワはつまり、こんな街になった。
■2000/04/20 (木) 兄の夢を見る
モスクワ。ガリーナの家に戻って4週間。
夢にけんちゃんが出てきた。
私はどこか外国の下町にいて、夕暮れどき、
アスファルトの上で子供たちが遊んでいるのを見ていた。
自分が持っている食糧を検め、
古くなったパンやハムを選り分けて捨てたあと、
アスファルトに腰を下ろして時間を潰していた。
そこにけんちゃんが現れた。
私は立ち上がって歩み寄ると、「帰ろうか」といった。
けんちゃんは髪も髭も白くなって、もともとしわの多い顔に
さらに細かいしわがいっぱい増えていた。
私はけんちゃんの手を握って歩きながらいった。
「けんちゃん、ぼくたちは二人ともおじいちゃんになったよ」
けんちゃんは「うん」といった。
どこかのレストランの前を通りかかった。
私たちのいた通りから見るガラス張りのレストランは明るくて、
大勢の客が談笑していた。
けんちゃんがそれを見ているのが、
私はなぜか無性に悲しくなった。
けんちゃんはふいに嬉しそうな表情になっていった。
「こうすけくん、金曜日に『*******』をビデオに撮って」
『*******』というのは私が夢の中で作り出した
未来のお笑い番組のタイトルだろう。
「けんちゃん、ぼくは金曜日はもういないよ。
『*******』は撮れないよ」
私はそう答えなければならないのが残念だった。
けんちゃんが落胆すると分かっていたからだ。
けんちゃんは悲しい顔をした。
私は急にけんちゃんを一人にすることの恐ろしさに捉われて目を覚ました。
「金曜日にいない」というのは、
自分がイングーシに行くことを言っていたのだった。
明日にでも、けんちゃんと二人でおじいちゃんになりたい。
どこかの安い老人ホームに二人で入って一緒に暮らしたい。
この地上で私のただ一つ、恐ろしくていてもたってもいられぬことは
いつかけんちゃんとお別れしなければならない日が
来るだろうということだ。
目を覚ましたまま、祖母の葬式の日に会食の間、
けんちゃんがひとりで涙を流していたことを思い出した。
そうすると私も涙を止められなくなった。
■2000/07/08 (土) 越境司令
グルジア・カヘティ地方・アフメタ地区・パンキシ渓谷・ドゥイシ村。
チェチェン人の友人宅に滞在して、1ヶ月半が経過した。
家の前の丸太ん棒に腰掛けて、近所の兵士と話していたら、
我がウスターズ・ムハンマドが闇の中を歩いて帰ってきた。
シャドー・ボクシングを繰り返したりと、妙に機嫌がいい。
ぼんやりと虚空を眺めていた私に空気のボディ・ブローを入れて、
景気をつけてから、彼はいった。
「今月中にチェチェンへ行く。
今日、バサエフとハタブの指令が届いた。
モスクワやイングーシへ行く時間は、多分もうない。
お前を連れて行ってやる」
近くにバサエフとハタブの代理人が住んでいて、
そこに指令が届いたそうだ。
初めてのことだ。
大部隊がカフカスを越える。
私は神に祈るしかない。
■2000/07/09 (日) 夢のお告げ
「準備が必要だ」と、ムハンマドがいった。
ゆうべ、ムハンマドは夢を見た。
「お前とおれは、チェチェンの戦場にいた。
一緒に、シャヒードになった」
一緒に死ぬことを望んでもらえるなんて、
私は果報者なのだ。
仕方がない。
村田さんも行くことだし、
その時は、ビデオテープとフィルムを持って帰ってもらえるよう、
よくお願いしておこう。
■2000/07/10 (月) 散髪
スルタン氏は散髪の腕に覚えがある。
私の髪を切ってくれた。
お茶までご馳走になった。
ヨーグルトが美味だった。
「チヌバニから来たのかね?」と問う。
「いいえ。ムサの家にいるんです。チヌバニに外国人が他に?」
スルタン氏は肯いた。
私が「ジャーナリストです」と自己紹介した時、
意外そうな顔をしていたし、
「一緒にチェチニャへ行ってロシアを倒そう」ともいっていたから、
チヌバニにいるというのは外国人ムジャヘッドだろう。
スルタン氏は謝礼を受け取らなかった。
帰宅すると、ラリーサをはじめ、女性たちに好評だった。
ムサの伯母やバクルらが「髭も剃った方がいい」というので、
川へ行って剃ってしまった。
日没の礼拝の後、ムハンマドは頭をつるつるに剃りあげて帰ってきた。
バサエフ・ハタブの代表部から、迷彩の軍服を一式もらって着ていた。
おそろしく良く似合う。
髪を切った私は耳を出している。
チャイの席でバクルとスルホーに言われた。
「お前は早死にの相だ。シャヒードだ」
スルホーによると、マスハドフは200年生きそうな大耳だそうだ。
耳が大きいことを縁起がいいとするのは日本と共通だ。
私の小さな耳は良くないわけだ。
今度、髪が伸びたら隠しとこう。
ムハンマドは私が髭を剃ったのが気に入らないらしい。
「前の方が良かった」とぼやく。
「連邦軍にはカルムイキアやヤクーティアの兵士もいる。
今のお前は彼らと見分けがつかない。
間違ってチャーとやられるぞ」
ムハンマドが浮かぬ顔をしているのは、
私が髭を剃ったからばかりではなかった。
「帰り道がないんだ。グルジアへは戻れそうにない。
イングーシェチアかダゲスタンへ出ないと」
今夜はまた電気がない。
私は闇の中、ぐるぐると歩き回りながら考えていた。
寝る前に、ムハンマドに尋ねた。
「帰り道がないというのは?
ムジャヒディンが通った後、ロシア軍がそこを封鎖するから?」
「分からない。帰り道でFSBに誘拐されるかも知れない。
されないかも知れない。案内人が見つかる可能性もある。
まあ、心配するな。お前は日本人だ。
捕まっても日本に送り返されるだけだ。
チェチェン人ならすぐに殺されるところでもな」
■2000/07/12 (水) お金がない
もはや金もカメラもない。
家に戻って、座り込んでいたら、
ムハンマドに声を掛けられた。
「日本の友達が来ないなら、放っておいて一緒に行こうじゃないか」
「もう、お金が全然ないんだよ」
「金なんて、どこからか湧いてくるもんだ」
午後の礼拝の後、ムハンマドはハサミと糸で
自分のトランクスを改造していた。
サポーターとポケットを切り取って、水着にするつもりのようだ。
おもむろにいった。
「金ならおれが出してやる。
おれの叔父はモスクワのロト(籤)を経営してるんだ。
スイスの銀行に口座を持ってる」
それから彼は、私がこの1ヶ月半でムサにいくら払ったのか、
詳しく尋ねた。
そして、「もう誰にも金を渡すな」といった。
私はどう答えていいか分からなかった。
この男、本気だろうか?
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