
乾繭倉庫消える

吉田町にあった乾繭倉庫

8月に初め、この倉庫が壊されるという話を聞いた

左は倉庫のあった8月、右は取り壊された9月
この倉庫は大正の終わり頃建てられた、当時盛んであった生糸産業の
名残を示すものであったが、今はもう使用されることもなく
風景の一つとしてとけ込んでいた。しかしついに取り壊された。
なんでも愛媛県近代遺産建築物の一つであったとか。
乾繭倉庫について
「大正3年に吉田町に繭取引場が開設され、同15年には旧陣
屋内に宏壮な乾繭倉庫の建設をみる………」吉田町誌より
昭和5年の生糸大暴落の影響からか、この建物は第二次大戦
中にはすでに使われなくなっていたらしい。
現在の建物の南隣にも建物があり、そこで山下女学校の入学式や
卒業式が行われた。また芝居、演劇などの上演会が催され、入場
料収入を学校の教材購入の足しにしたという。昭和22年建物は
所有者が代わり、それまで建物内部にあった木製建具をとり
外し農機具工場(木村商会)の商品資材置き場にしたという。
大成 経凡氏・調査資料、秋田通子氏・聞き取り資料より引用

内部は鳩のフン、右はエレベーターの跡
長年風雪に耐えた建物も、時代の流れで消えていくのである。
おまけ・台風18号の名残
9月7日台風18号が呼びもしないのにやってきて、とうとう
我が家も壊れてしまった。

左・風でボロボロになった物干しの屋根、右・倒れた塀(へー?)
台風16号では左下の車のスロープが流されたがお隣で保管して貰っていた。
バイパス近況

とうとうガードレールも着いてしまった。
すこし前の様子はこちらをご覧ください↓
http://user.shikoku.ne.jp/tack7/saikin/03-02/03-02.html
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