
以下はこことはまったく無関係な気分しだいの私の側面である
繋船ホテルの朝の歌 鮎川信夫
ひどく振りはじめた雨のなかを
おまえはただ遠くへ行こうとしていた
死のガードをもとめて
悲しみの街から遠ざかろうとしていた
おまえの濡れた肩を抱きしめたとき
なまぐさい夜風の街が
おれには港のように思えたのだ
船室の灯のひとつひとつを
可憐な魂のノスタルジアにともして
巨大な黒い影が波止場にうずくまっている
おれはずぶ濡れの悔恨をすてて
とおい航海に出よう
背負い袋のようにおまえをひっかついで
航海に出ようとおもった
電線のかすかな唸りが
海を飛んでゆく耳鳴りのように思えた
現代詩評論家の批評によれば、この詩は鮎川の作品の中でも、異色のものらしい。(思想社「現代詩文庫−鮎川信夫詩集」『鮎川信夫粗描』三好豊一郎)
確かに荒れ地を目指す鮎川にしては、甘ちょろい感傷的な言葉が目立つ。
しかし、私が鮎川に惹かれたのは、まさにこの詩からであった。とりわけ
「おれはずぶ濡れの悔恨をすてて
とおい航海に出よう
背負い袋のようにおまえをひっかついで
航海に出ようとおもった」
この言葉には衝撃を受けた。
これを突き破る、言葉はいまだに私の前には出てこない。
私は詩人でも文学者でもない、ただの市井の凡人である。
だが、言葉の持つ美しさには決して無関心ではない。特に最近の「言葉の乱れ」には怒りを通り越えた、嘆きを感じる。これは、平成の合併による、地名喪失いや地名抹殺に対する共通の嘆きである。
何故か、突然、妙典寺のお稲荷さん向かって自転車のペダルを踏んでいると、この詩が浮かんできた。だから載せる。理由はそれだけだ。
平成16年8月 平成16年9月 秋の目黒鳥家 三浦天満宮 平成16年11月 平成17年1月 平成17年2月 − −
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