
平成19年3月・元結掛を歩いた−そのA
三月のある日、某所に行くために元結掛を通った。
その帰り道の話し
正解は別になんでもいいでしょう。ポケットに入るほどの大きさであった。
買い物を済ませると、しばらく国道を歩いて帰ることにした。

どの店だとは言わないが、ここから車で市内に帰るのには非常に不便である。
まず、右折が出来にくい。本当は駐車場から直接国道には出られないことになっているらしいが、
私は何時も駐車場からいきなり国道に出る。ただ、ここは三叉路なので、駐車場からの為の信号がない。
この日は徒歩なのできちんと信号に従って横断歩道を渡った。
国道の西側の歩道を市内に向かって歩く。

動画だったら良いのだろうが、まあ、想像して。

「小僧寿し」が電話の宣伝をしているのではない。
いつの間にか警察の真横に「小僧寿し」が出来た。
「小僧寿し」というのはこの辺りでは昔からあるテイクアウトの寿司屋。
値段と味が正比例しているという見本のようなものかな?

あっ、しんばしでも何か買ったけれど、何買ったのだっけ。忘れた。

警察の南北は食べ物関係に挟まれている。
ここは出来たときは24時間珈琲飲み放題で150円だったと思ったが、しばらくしてシステムが変わった。(左)
この道を行くと、先ほどの薬師谷に通じる四つ角に出る。(右)

曇っていた天気もいつの間にか青空になった。
それにしても、並松街道と国道はそれほど離れていない。なのに、この落差は一体何なんだろう。
ずっと裏道を歩いてきた私には、お天道様が眩しすぎる。

こういうしゃれた看板を見るとことさら嫌な気分になるんだなー。

奥の山は「古城山」(右)
この信号は国道に出るのには待つ時間がかかるし、青の時間は短い。

ガソリンのセルフでレギュラー123円は高いのでしょうか、安いのでしょうか?(左)
このうどん屋は営業しているのかどうかわからん。(中)
仏壇から墓石まで、最近は霊園経営にも乗り出したらしい、モダンな墓石屋(右)

ここまで来ると、屋根越しにお城が見えてくる(左)
ここも今はない「クスノキ」に並んで宇和島では古いスポーツ用品店である(中)

この店はもうなくなって市役所のそばの「みなみ君」と同じ場所に移転した。(左)
ほらね、「もっといぎ」とふりがながあるでしょう(中)

お、「黄金のM」が見えてきた。(左)
古城山(中)
ただの宣伝。これだけでも目立つな(右)

ある学説によると「黄金のMの法則」というのがあって、このMの文字がある国には内紛がないらしい。
その大きな理由の一つに、ハンバーガーを日常的に購入できる経済的背景があるという事は
裕福な状態であるという定義で、貧富の格差が縮まっているということらしいが、果たして??
自転車屋の四つ角から急に都会の雰囲気になってきた。あわてて私は元結掛のほうに向かった。

市内からの道はここで右折専用レーンまで出来ている。すなわち右折する車が多いってことだ。

ここは長堀橋という事になっているらしいが。

みぞに沿って歩いていたら思わぬ発見、また、橋ゲット。
「すいと橋」だそうな。そう言えば「橋物語」最近まったく手を付けていないな。(反省)

という訳で、この橋の周辺を改めて眺めた。ここは生まれて初めて通る道である。
「阿武マンション」の横の道がここにつながっているとは知らなかった。
たいていの道は歩いたと思っていたが、人口10万にも満たない小さな町でも、
私の歩いた事がない道があったとは。井の中の蛙大海を知らず。反省。

このピンクだかパープルだか判らないけれど、インパクトあるな、電話で道を教える時に説明しやすい。

と思っていたら、なんと、あの魚屋の横に出た。こう言う道は歩いてでないとなかなか見られない。
宇和島に住んでいる諸君に告げる。たまには、足で近所を歩いて見る事も大事じゃないかね。
商魂たくましい某市では「坂の上のなんとか、という小説で」町おこししているらしいが、
(はなから【小説=創作】と断っているところが見事である。史実ではないことは百も承知であるのがにくいね)
そんな能力もないと言うのでは困る。せめて足下をじっくり見つめ直してもらいたいね。遊子の段畠にしても、
保存するために目に見えない努力をした人たちがいたからこそ、景観地区に申請ができると言うらしい。
ローマは一日にしてならず、だ、明智君。今からでも遅くはないいんだよ。
トップに
これ以前のバックナンバーはこちらをご覧ください。
城下町宇和島から・最近の宇和島
トップにもどる