
平成19年6月・来村川に沿って歩いた その二
友岡様に行った

これは平成になって出来た「栗木橋」。国道56号線に沿った
川沿いの道はこの橋のおかげで「迂回路」としての価値を高めた。

一度国道に出て、また、来村川に戻る。出たのはこのスーパーを撮るため。(左・中)
ここら辺りではちょっとした買い物は地元ですませていたが、今はどうか不明。
私の同級生がある日の夕方、この横断歩道でノーブレーキの車にはねられた。
かなりの重傷だったが何とか命は取り留めた。それでも後遺症が残っている。

知っているかなこの店を?
以前知人がここで出前を取る電話をしたが、そばにいた私は
なぜか店の名前を聞いて笑ってしまった。良い店の名前だ。

このあたりは自然と工事が同居している。

一足飛びに友岡様に行った。

この塚の説明はない

こちらのお墓は「友岡様」と「貞さん」のお墓だそうだ。

友岡様のすぐ足下に道路が出来る。

なんとなく「工事オリンピック」というようなイメージを持った。

そのうち、ここを車がビュンビュン走って行くんだろうなー。

とにかくこの辺りは変わるだろう。
等と考えながら国道に出た。出た途端騒々しい車の世界に戻った。

この山削りは国道からもよく見える。

「普達橋」まで国道を通って戻った。

反対側に出る、お遍路さんに出会った。
(橋物語でも登場した人=橋物語の為に歩いたとき、歩きシリーズを考えて撮っていたのである)

出口のバス停付近
ここは市内に向かう道路は混み合う。理由は、津島方面から来た車が薬師谷の温泉に
行くのに右折するため後ろの車が停止しなければいけないからである。
以前は、市内から遊子方面に行く車が右折する為、同じように番城小学校ちかくの三叉路
でかなりの渋滞をきたしていた。長い期間山肌を削る工事をしていたが、今は右折用のレーンが
できたため以前のような渋滞は解消した。

宇和島自動車のデザインは気に入っている。これが何十年前のデザインとは思えない。
ただ、昔はこの色は郊外路線で、市内バスはクリーム色のボンネットバスだったように思う。
もし神奈川県の川崎市営バスのデザインが私の学生時代と変わっていないとすれば、
けなすようで悪いが、かなり暗いイメージの色だったと思う。
ここから見ても、それほど鬼ヶ城連山の形は変わらない。
トンガリ帽子の建物のところまで戻った。

トンガリ君は一番最初はステーキハウスだったと思った。

トンガリ君を通過して、宇和島バイパス終点・国道56号線の合流地点

その横には大きな側溝のような物が。空洞は私の住み処よりも遙かに広い。

と言う訳で歩道まわり道のご案内に従ってちょっと引き返す事にする。

国道と言うのはあまり面白くない。
ただ、車が次々と走ってくるので、風景が変わったと錯覚する。
私としても、正直言ってあまり撮りたい風景とは思わない。
ただ、今撮っておかないと、いつ消えてなくなるか判らない。

それで、しょうことなしに写真を撮りまくるのだ。
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